参議院選挙後、舛添要一元都知事への不信任に端を発した都知事選、リオ・デ・ジャネイロ・オリンピックと大きな行事の連続の中、すっかり陰に隠れてしまっている労働政策事情について改めて振り返ってみたいと思います。一連の大きな行事を時系列に並べてみると以下のとおりです。

  • 7月10日(日)参議院選挙投票日
  • 7月14日(木)都知事選挙告示
  • 7月31日(日)都知事選挙投票日
  • 8月 3日(水)自民党役員人事と内閣改造
  • 8月 5日(日)オリンピック開幕
  • 8月 5日(日)厚生労働省政務三役決定

参議院選挙前の7月26日に相模原で起った痛ましい障害者施設殺傷事件とともに都知事選を巡る自民党東京都連のゴタゴタで選挙後も話題は尽きずテレビ番組は独占状態。

8月3日に自民党役員人事と内閣改造があったもののそれほど大きな扱いにはならず、メディア的には中一日しか与えられないうちに8月5日(日)にはお祭りムードのオリンピックに突入。

欠かせない広島・長崎の平和祈念式典、終戦記念日の報道に加えて、8月8日には天皇陛下の生前退位のメッセージもあり、オリンピックは連日チャンネル争いならぬ放映争いで、世の中にはほかに事件はないのだろうかと思うほどの状態。逆に言えば、何もないときには大したことのない事件を大げさに伝えている報道の姿勢が透けて見えます。

さらにNHKの緊急速報ではSMAPの解散が異例に報じられる中、ただでさえ注目されることの少ない労働政策については入り込む余地はないのでしょう。

首相官邸いくつかトピックスを拾ってみると、参議院選挙で自民党56議席、公明党14議席で過半数を超える70議席を獲得した安倍総裁は以下のようにコメントしました。

「一億総活躍社会を切り拓く「鍵」は、構造改革の断行です。働き方改革を進めていきます。長時間労働の是正、同一労働同一賃金の実現。労働制度の改革を進め、「非正規」という言葉を国内から一掃する。社会全体の所得の底上げを図ります」

これを裏打ちするために、どのような人事が図られるのかが注目すべき点だったのですが、8月3日の自民党役員人事と内閣改造では、塩崎恭久厚生労働大臣が留任となり、8月5日には、厚生労働省の政務三役として副大臣と政務官も決定しました。

  • 大臣  塩崎恭久氏(自民)
  • 副大臣 古屋範子氏(公明)、橋本岳氏(自民)
  • 政務官 堀内詔子氏(自民)、馬場成志氏(同)

古屋範子氏は、2012年の労働者派遣法改正の国会審議の折に民主党主導の法案に附帯決議をつけた一人でもあり、労働者派遣法については公明党で一番精通していると思われます。

橋本岳氏は以前、厚生労働大臣政務官でもあり2015年の労働者派遣法改正の折には、衆議院で派遣法案修正案の趣旨説明をしています。ちなみに橋本岳氏は私の遠ーい血縁です…お会いしたことはありませんが(^^;

政務官の堀内詔子氏、馬場成志氏は過去に厚生系、労働系いずれにも携わった形跡はありません。これまで厚生労働政務三役には医療系の政治家が就任することが多かったと思いますが、今回の政務三役では一人も医療系の専門家はいないということになります。労働法制については大きく方向性が変わることはないだろうと思われる布陣です。

一方、8月3日の内閣改造では、新たに「働き方改革担当大臣」が設置され、安倍首相に近い自民党の加藤勝信氏が就任しています。加藤勝信氏は、内閣府特命担当大臣(少子化対策担当、男女共同参画担当)、一億総活躍担当、働き方改革担当、女性活躍担当、再チャレンジ担当、拉致問題担当と幅広く兼務していますが、「働き方改革担当大臣」という冠をつけることで、「非正規という言葉を国内から一掃する」という言葉を反映したことになります。

ただし、8月9日現在では自民党の厚生労働部会のメンバーは決定されておらず、ここは今後注目しておく必要がありますが、現時点では官邸主導で働き方改革を進めることが明らかです。

そのような中、8月15日に塩崎厚生労働大臣が記者会見で以下のようにコメントをしています。世間では「世界大運動会」に注目が集まる中、水面下では次の手が打たれつつあるようです。

塩崎大臣会見概要(H28.8.15(月) 10:24~10:30省内会見室)

(記者)

本日の給与関係閣僚会議の前に、加藤大臣と総理執務室近くに入っていらっしゃっていたかと思いますが、差し支えない範囲でどんなお話をされていたのかお聞かせ下さい。

(大臣)

加藤大臣と二人だけで、15分ぐらいお話をいたしました。これは、働き方改革について、先般、総理に加藤大臣から色々ご相談をされたということについてのお話を聞かせて頂くとともに、両大臣がしっかり連携することが大事だということを確認し、なおかつ、厚生労働省からの人出しをちゃんとして、今回の実行会議の運営などに、あるいは施策の精査並びに提案に向けての体制として、私どもの厚生労働省のスタッフを出すことについてのご依頼があったので、そこは快諾をしたところでございます。

官邸主導ではあるものの、官邸には専門家がおらず結局のところ厚生労働省が会議運営を仕切るカタチになるのだろうとは思いますが、従来、この7月に設置期限が満了した規制改革会議の雇用ワーキンググループを主導してきた鶴光太郎氏(慶應義塾大学大学院商学研究科教授)、水町勇一郎氏(東京大学社会科学研究所助教授)が提唱する「合理的な理由のない不利益な取扱いをしてはならない」という考え方を基にした同一労働同一賃金の方向がどのぐらい影響力をもつかというところが見定めるべき点ではないかと思います。

なお、水町氏はヨーロッパの労働法制に詳しく、フランスの「労働の質の違い」「在職期間(勤続年数)の違い」「キャリアコースの違い」「企業内での法的状況の違い」「採用の必要性(緊急性)の違い」など、ドイツの「学歴、(取得)資格、職業格付けの違い」などが、賃金の違いを正当化する客観的な理由と認められると解釈しており、これらの違いが例外として考慮に入れられていることから、我が国においても同一労働同一賃金の原則を導入することは可能としています。

「合理的な理由」の中身について、政府としてガイドラインを示すことが有用と考えられており、その中身が注目されます。今後は昨年成立した「同一労働同一賃金推進法」に定められた三年後、つまり2018年10月1日を目途に、いわゆる非正規雇用にまつわる法制度のパートタイム労働法、労働契約法、労働者派遣法について横断的にそのガイドラインの内容が反映されていくことが求められることになるでしょう。

2018年には、労働契約法18条の5年の無期雇用転換、労働者派遣法の3年の雇用安定措置も同時に迎えるタイミングとなっているため、これから急速に議論が進んでいくことになるのではないかと予想されます。