厚生労働省昨日は、一昨日に続き二日連続で霞が関へ。

日本人材派遣協会の「キャリア形成支援推進セミナー」に参加したあと、業界関係者と神楽坂の料亭?で密会してきました。

なんとなく気持ちのうえで師走感が増してきましたね。

セミナーでは、昨年の改正労働者派遣法以来、人材派遣事業者にとっての頭痛のタネの一つ、「キャリア形成支援」についてどのような取り組みをしたらよいのかということを事例も交えて非常に丁寧に説明してもらいました。

資料として配布された事例集を見ると、法的に曖昧な部分が多い…というよりもそもそもの法律に無理が多い中で各社とも涙ぐましい努力をされているなと思えるものでした。

「人づくりは、国づくり」

もちろん、事業者として派遣労働者のキャリア形成支援をすることは非常によいことですし、むしろ派遣先企業も含めてキャリア形成支援をすることが求められていると思います。

拙著にも、「企業が果たす社会的責任として、外部人材を含むすべての『従業員』の『人財育成』も企業の社会的責任であり社会貢献につながるという認識をもつことが必要。『人づくりは、 国づくり』。一企業だけの問題ではない」と書きました。

派遣元、派遣先のみならず、社会的にも、国としても、学校教育からも含めてキャリア形成支援する必要性には誰も反対しないのではないでしょうか。

生産年齢人口の減少とともに、これからの技術革新が進展する中で我が国が生き残るためにもどうしても必要だと思います。

法律で縛ることは話は別

キャリア形成支援推進セミナーしかし、法律でこれが義務づけられるとなると話は別です。

そもそも、労働政策審議会でもほとんど触れられなかったことが、平成27年改正派遣法の附帯決議で感情的な議論がされ、安保法制との交換条件のように盛り込まれたといういきさつもありました。

あまりにも曖昧な部分が多く、法律としては拙速としか言いようがありません。

実際に昨日の説明でも、「労働局によって見解が違う」「詳細は労働局で訊いてほしい」というコメントも目立ち、厚生労働省の委託事業でありながらこのようなコメントをせざるを得ないプレゼンをする発表者が気の毒に思えるところもありました。

国会の附帯決議ですから、もはや厚生労働省自身も介入できる余地はなく、行政を司る立場として厚生労働省も含めて政治に翻弄されていると言えるのだろうと思います。

業界内では法律が成立した直後からこのキャリア形成支援にかなり無理があることは問題視されていたのは周知のとおりです。

これって国が決めること?

「有給無償で」とか「1年に8時間」、「交通費も支給」などという事業規制もさることながら、現実問題として何をしたらキャリア形成に資するのかということは事業者の考えに依存している状態です。

その反面、説明の中でも「行政指導を受けないために」と受け取れるようなコメントもあり、キャリア形成支援よりも指導を受けないことが目的なのか、と本末転倒になってしまっているようにも感じられました。

繰り返しますが、発表された方の説明はとても丁寧で分かりやすかったです。要するにこのセミナーで発表者が言い淀んだことは発表者の問題ではなく法律のあり方の問題なのです。

…にもかかわらず、説明のあった事例はコンプライアンスを遵守しようという努力が感じられ、本当によくやっていると感激してしまいました。

ところで、eラーニングのインターネット接続料も問題になるという話はちょっと目からウロコでしたね。…ということはパソコンやスマホの減価償却費も??社会通念上そこまでの負担はないと思いますが…。

業界団体の存在意義を

古来、「悪法もまた法なり」と言われますが、法律として存在しているからにはその法律を守ることは法治国家として当然ですが、一方ではその法律に問題があるのであれば、それを是正するのは業界団体としての日本人材派遣協会の役割ではないかと思います。

いわゆる正社員であっても、相応のキャリア形成支援がされていないことの方が多いと思います。正社員に限らず、契約社員やパートタイマー、アルバイトにもこのような事業規制はありません。

いつも言うことではありますが、労働者保護は強化、事業規制は排除、サービスは市場原理に任せるということを原則として法律の是正を図ることに力を尽くしてほしいものです。

向上したコンプライアンス意識

神楽坂の料亭さて、その後の神楽坂の料亭…実際にはかなり大衆的な居酒屋ですが、ここでは黎明期から業界を知る方たちと時間をともにしました。

そこで前述のような「キャリア形成支援推進セミナー」の感想を話すと、業界にとってはまさに悪夢の引き金になった、2007年の文藝春秋の記事「悪魔のビジネス人材派遣業」の話題となり、以前とは比べ物にならないほどコンプライアンス意識が向上したという話になりました。

当時もすべての事業者がこれほどまでに法律を逸脱したことをしていたわけではありませんでしたが、業界のイメージが地に落ちたという点では決定的だったように思います。

当時のことを考えると、曖昧な法律によるキャリア形成支援にもかかわらず、なんとかこれを守ろうとする業界の姿勢に本当に涙ぐましいものがあると思いました。

それだけに、正直者がバカを見ないよう、真面目に事業を営んでいる事業者が報われるよう、徹底的に労働者保護は強化し悪徳事業者を排し、事業規制は排除して健全な事業者がノビノビとよいサービスを提供できるようにすることが求められているように思います。

日雇派遣の原則禁止も当時の一部の悪徳事業者の亡霊ですね。労働者からも企業からも求められているサービスという側面もあるので再度整理をした方がよいと思います。

業界を挙げてコンプライアンス経営を

人材サービス事業者の皆さんは、もうこのような悪夢の時代には戻りたくないですよね?

戒めとして「悪魔のビジネス人材派遣業」の記事(下記)を掲載しておきます。業界を挙げてコンプライアンス経営をすることが重要です。

この記事を改めてよく読んでみると3点ほど気がついたことがありました。

マージン率より社会保険の加入率を

一つは、「大きな差は社会保険費です。通常は売上高の13%ぐらいあって、これを払うか払わないかで違います。社会保険の負担が発生するのは契約期間が2ヵ月以上です。スポット派遣は日雇いですから、社会保険を負担していません」という部分。

現在でも社会保険の加入要件を満たしているにもかかわらず、派遣社員に加入をさせていない事業者も多くあります。「まともに加入させたら事業が成り立たない」と言う話も聞きますが、要件を満たしていれば労働者に加入させることは義務です。

事業が成り立たないのならば成り立つようにするか廃業するしかありません。前者を選ぶのであれば本当の意味での経営力を身につける必要があります。

私は「マージン率の開示」は最も非合理的な法律だと思っていますが、これを廃止する代わりに社会保険の加入率を開示するようにすればよいと思っています。

もっと言えば、労働者派遣に限らず、1時間でも働いたら社会保険には全員加入を義務付けることのほうがよっぽどスッキリすると思います。マイナンバー制度があるのだから、技術的には可能ではないでしょうか。

新たな官制派遣切りの心配

もう一つは、八代先生と鎌田先生の見解の相違。八代先生は、「期間の制限や直接雇用の申し込み義務で正社員に誘導するというのは誤った規制です。企業は契約を短期間で切らざるを得ないからです。むしろ期間が長い方が、派遣社員のスキルもアップするし、結果的に正社員になる可能性も高まる。自発的に派遣社員を選んでいる多くの労働者の利益も全く無視されています」。

一方、鎌田先生は「期間制限があると働かせる側は何が困るのですか。派遣期間を延ばしたからと言って、雇用の安定が保障されるわけではないでしょう」と仰っています。ビジネスの現場の肌感覚としては八代先生の仰ることの方がフィットするように思います。

現実問題として政令26業務で期間制限なく働いていた人は3年(あと2年)で雇用安定措置の対象となります。労働契約法18条の5年の無期転換措置と同様にひと悶着あるように思います。

一部の悪徳事業者のために「専門26業務適正化プラン(長妻プラン)」同様に官制派遣切りにならないか心配です。

派遣先企業にも労働者保護規制を

そして3つ目ですが、後藤田正純衆議院議員が「大手メーカーの中には、評判の悪い派遣会社と組むところが出てきている。いまの日本は、経済規律、市場規律、社会規律のどれもがゆるんでいるのではないでしょうか。日本は再規制を考えるべき時期に来ていると思います」とコメントをしていますが、派遣先企業の圧力も問題があると思います。

業界全体の健全性を保つためにも派遣先企業における指導強化も必要ではないでしょうか。

長くなってしまいました。大掃除の季節ですね。よい休日をお過ごしください。

悪魔のビジネス人材派遣業

時代の要請か、格差の元凶か。急成長する4兆円産業のカラクリ

奥野修司(ジャーナリスト)文藝春秋 2007年6月号

今年の(2007年)1月18日、東京のホテルグランドパレスで行われた日本人材派遣協会の新年賀詞交歓会には国会議員が自民・民主から30人近く集まった。数年前までは数えるほどだったのに。

今、人材派遣業界は我が世の春を謳歌しているといわれる。

95年には1兆円強だった市場規模が、7年後の02年には2兆円をこえた。昨年は4兆円を突破し、いまだに拡大の一途をたどっている。数年以内に6兆円をこえ、「潜在市場規模は40兆円」ともささやかれるほどだ。

その一方で、業界の不祥事が相次いでいる。05年2月、スタッフサービスがサービス残業をさせていたとして労働基準法違反で家宅捜索。05年6月にグッドウィルが、労働者の派遣が認められていない建設業務に派遣していたとして事業改善命令。05年7月、シースタイル(旧クリスタルグループ)に事業停止命令。フルキャストも今年の3月、建築業務と、やはり認められていない警備業務にスタッフを派遣して事業改善命令を受けた。

いずれもこの業界のリーディングカンパニーであり、それが、立て続けにトラブルや不祥事を起こしている。しかも、表に出たのは氷山の一角で、文書指導を受ける程度の違反であれば日常茶飯事だという。にもかかわらず、大勢の国会議員が新年会にかけつけている。

人材派遣会社トップの人を人とも思わない発言にも驚かされる。奥谷禮子ザ・アール代表などは典型例だろう。

彼女は単に人材派遺会社の代表というだけではない。経済同友会幹事であると同時に、小泉政権時代の規制改革会議委員を経て、厚生労働省労働政策審議会臨時委員として、使用者側を代表する公的立場にいるのである。

彼女がそうした立場にあるのは、それだけ人材派遣業が、社会的な存在感を増してきたためだろう。今や日本社会に大きな位置を占めるまでになったこの業界の内実を明らかにしたい。

偽装請負の横行

それにしても、なぜ人材派遣がこれほどまで拡大したのだろう。

戦後、職業安定法第44条は労働者供給事業を禁止し、さらに、労働基準法第六条(中間搾取の排除)は〈他人の就業に介入して利益を得てはならない〉として、派遣業のような人材サービスを禁止した。これは戦前に、労働ボスによるピンハネが横行したために作られた規定である。ところが、高度経済成長による人手不足から、なし崩し的に派遣のような立場の人間が増えていく。

86年に、一部専門職にのみ派遣社員という立場を認める労働者派遣法が施行された。

バブルが崩壊すると、企業は中高年層を中心に大量のリストラをした。かわりに安価で雇用調整しやすい労働力のニーズが高まる。日経連が95年にまとめた『新時代の「日本的経営」』は、それを体系化したものだった。それと軌を一にするように、96年と99年に派遣法が改正され、労働の規制緩和が一気にすすめられた。

とりわけ99年の改正は、それまで限定されていた派遣の対象職種を、四つを除いて取っぱらい、「何でもあり」に変えたのである。

これが人材派遣市場を急拡大させるビッグバンとなったことはいうまでもない。

このとき軽作業派遣も認められた。

スポット派遣、日雇い派遣ともいわれる軽作業派遣は、かつて手配師がやっていた人出し稼業の印象が強いためか、「企業イメージが悪くなる」と、どの企業もなかなか手をつけなかった。このスポット派遣を事業の中心にした企業が、92年創業のフルキャストと、95年創業のグッドウィルだ。スポット派遣業界は、いまもこの二社の独壇場といわれている。

この頃は、まだ製造業への労働者派遣が認められていなかったため、請負と偽って労働者を派遣する「偽装請負」が横行していた。

派遣社員とは異なり、請負会社の社員は、現場で相手側企業の指揮命令を直接、受けることはできない。しかし偽装請負の場合は、相手側企業の指示のもとに働かせるのだ。

この問題で社会的な指弾を浴びたのが、請負会社の大手クリスタルグループだった。

04年、派遣法が改正され、製造現場への派遣は1年間という限定で認められた(07年から3年に延長)。これが第二の労働ビッグバンである。これがいかに派遣業界を肥大化させたかは、04年に930億円だったグッドウィルの年商(連結)が、翌05年に1421億円と急増したことでもよくわかる。

昨年、グッドウィルはクリスタルグループを買収して、業界のトップにのし上がった。

職安法や労基法で禁じた労働者の供給を、限定的に認めたのが派遣法だった。

それを一気に拡大して法制化したのが現在の改正派遣法である。

派遣労働者の賃金は低下

グローバル化でコスト競争にしのぎを削る企業の要請があったからだろうが、結果として犠牲になったのが労働者だと、労働組合「東京ユニオン」の高井晃委員長は言う。高井氏は、古くから派遣業界の問題点を告発してきた人物として知られる。

「多くの企業は自社による人材育成を放棄し、目先の利益と株主への配当しか考えなくなった。これは、戦後日本の成長戦略を自己否定することになります。いったい、これから技術の継承や蓄積をどうするのか。コストは安いほど良いといった人材観だからこそ、偽装請負なども多発するのです」

企業のコスト競争を支えている派遣労働者の数は、95年の60万人から、05年度には255万人にまでふくらんだ。その一方で、派遣労働者の賃金は低下している。

* 厚生労働省発表(2004年→2005年推移)

企業→派遣会社への1人当たり1日平均支払額 15,958円→15,257円(4.4%down)

派遣会社→労働者への1人当たり1日平均支払額 11,405円→10,518円(7.8%down)

製造業派遣として日野自動車で働く池田さん(27)の給与明細

額面22万円で手取りは14万円程。

22万円という額面だけ見ればそれ程悪くないが、退職金もボーナスもなく、何年経っても昇給はない。

更に深刻なのがスポット派遣労働者だと、派遣業で働く人が中心の労働組合「派遣ユニオン」の書記長、関根秀一郎氏がその実態を語る。

「スポット派遣には、若い世代から、リストラされて再就職できなかった中高齢者層までまんべんなくいます。彼らには社会保険もなく、一ヵ月フルに働いても月収12万円程度なのです」

グッドウィルではEからAまで日給のランクがあって、基本のEは6500円で最高のAは8000円。Eからスタートし、15回連続して働くとワンランクずつあがるシステムだ。遅刻や欠勤があると、ランクが降格されたり、交通費分が支給されないといったペナルティがあるという。

最初の賃金は6500円で、ここから「データ装備費」なる経費を差し引かれ手渡されたのが6300円だった。そこに交通費1000円も含まれるから、日給は5300円。8時間労働といいながら、拘束は10時間以上で、時間給にすれば530円だ。東京都が定め最低賃金719円以下を下回る。

「派遣ということは言わないで」

(概略)

スポット派遣で働く若い人の多くは、親と同居するパラサイト型。

グッドウィルで働くAさん(34)の証言

たまたま駅構内に置かれたフリーペーパーでスポット派遣を知り、グッドウィルに電話を入れる。履歴書も不要。

強制でないといいながらユニフォーム(Tシャツ)を買わされる。

派遣先の場所や仕事内容は「お仕事確認」なるメールで通知される。

現場では派遣と言わないでスタッフのように振舞えと指示される。

「広告には『日給八千円から』だったのに、ほとんど六千円台後半から七千円台。しかも内千円は交通費。

「データ装備費」の名目で200円引かれる。

派遣先では、そこの社員の指示で別会社の仕事をさせられることがある(事実なら、二重派遣で法律違反)

先の関根さんは、彼らを求める企業の本音をこう表現した。

「派遣を使う側の意識はトヨタのカンバン方式と同じなんです。労働力の在庫を置かない。だから、必要なときに必要な人材を、というのが派遣会社の売りでもあるんです。その究極のかたちがスポット派遣ですよ」

スポットほどもうかる商売はない

スポット派遣で働く人の年収は平均して150万円ほどだ。働いても働いても生活保護家庭以下で貯金もできない。もちろん結婚など不可能だ。その日暮らすのに精一杯の収入しか得られないから、月払いの派遣社員にもなれない。給料日までの生活費がないのだ。岡崎さんは「スポット派遣は蟻地獄」と言ったが、文字還りの地獄である。

かたや「スポット派遣ほど儲かる商売はない」という声が、派遣会社社員から聞こえてくる。どんな「儲かる」仕組みがあるのだろうか。

2006年のグッドウィルとフルキャストの粗利益率を見ると各33.4%、28%になる。

派遣会社は13%程度が普通だが、スポット派遣は他の派遣とずいぶん違うようだ。この粗利益の差はどこから来るのか。

「大きな差は社会保険費です。通常は売上高の13%ぐらいあって、これを払うか払わないかで違います。社会保険の負担が発生するのは契約期間が2ヵ月以上です。スポット派遣は日雇いですから、社会保険を負担していません」という。ちなみに日雇いには「白手帳」と呼ばれる日雇雇用保険があるが、厚労省はこれをスポット派遣に適用することを認めていない。つまり、スポット派遣の労働者は、セーフティネットのない丸裸の状態で働かされているのだ。

派遣先の企業から派遣会社に払われる派遣料も違うという。

「通常は一人あたり12000円前後で、ここから32~35%ほど引いてスタッフに払います。でも、即人材がほしいというニーズに応えるのがスポットです。緊急の注文には、日給の倍額に相当する派遣料が発生することもめずらしくないんです」(フルキャスト社員)

前出の岡崎さんが、親しくなったイベント会社の担当者から、「あんたたちはいくらもらってるんだ」と尋ねられ、「7000円です」と言ったら、「うちは15000円払ってるんだぞ」と言われたことがあった。これも緊急の注文だったのだろう。もちろん割増分はそっくり派遣会社の儲けである。

3万人の人間を動かす

3万人を管理するのは、たしかに大変な手間だろう。グッドウィルに勤務する複数の社員に仕事の内容を尋ねてみると、派遣労働者に勝るとも劣らない悲惨な姿が浮かんできた。

グッドウィル社員のB氏によれば、同社社員の仕事には二種類あるという。一つは「人材コーディネイター」で、登録したスタッフを派遣先の要望にあわせて送り届ける仕事である。もう一つは「人材コンサルタント」と呼ばれている。「名前だけはかっこいいのですが、要するに飛び込み営業です。若手社員のほとんどは、こうした営業活動をやってます。朝から晩までひたすら企業を訪問し、口八丁手八丁で派遣スタッフを雇わないかと勧めるんです」(B氏)

彼らは朝出社すると、まず朝礼で「グッドウィル10訓」を唱和する。

「果敢に攻めよ、守りは負けの始まりななり…」

といった具合である。そして、一人ひとりが大声でその日の目標を誓い、外に飛び出す。

営業の手法にコツなんてありません。ただひたすら目に付いた建物に足を運ぶだけです。ビルの中に入ったらエレベーターで最上階まで昇り、フロア全部のオフィスをまわりながら階段を使って降りていく。私たちはこれをパラシュート営業と呼んでいます。すでに他社の派遣を受け入れている企業には、『他より安くしますよ』とか『うちは他社と違ってスキルのある人材が揃っています。スキルの高い子を、同じ値段で入れます』とか言うんですが、もちろん出任せですよ。だって、どんな人材が登録しているのかなんて、私たちが知るわけないでしょう」と、B氏は言う。

営業マンの手取りは20万円前後で、契約がとれてはじめてインセンティブが発生する。受注契約1件につき1万円から2万円。体力と根性だけの世界だから離職率は非常に高く、「2カ月もすれば半分は辞める」(B氏)という。正社員とはかたちだけで、待遇は派遣とほとんど変わらない。高笑いができるのは、彼らの上に君臨するほんのひと握りの幹部だけという、いびつな企業の構造が浮かんでくる。

幹部だけが高笑い

派遣業者の間でも、「スポット派遣は法令より利益を優先している」と嫌悪感を示す人も少なくない。実際、そう思われても仕方がない事例もある。

(派遣会社間の融通例-略)

二重派遣は禁止されているから、別の派遣先に回すときは、委託や請負というかたちをとる。スポット派遣ではよくあることだというが、もし事故などがあったとき、いったい誰が使用者責任をとるのだろうか。三社四社で責任を押しつけあって、結局、派遣スタッフが被害をこうむることになりかねない。

もう一つは「200円から300円ぐらいのピンハネが当たり前のように行われている」

(関根氏)ことだ。たとえば、グッドウィルはデータ装備費として、一稼働につき200円徴収しており、「あなたの個人情報を管理する費用」だという。

しかし、これは法的に問題が生じる可能性がある。

「二四協定というものがあって、労働基準法第二十四条で、賃金から何がしかの金銭を差し引く場合は、労働者代表と協定を結んでおかなければならないんです。たとえば八千円が給料だとして、労使間の合意にもとづいて、そこから何らかの費用をとる場合も、いったん八千円を渡して、そこから、その費用をもらわなければいけない。勝手に給料から相殺してはいけないんです」

と、日本労働弁護団幹事長の鴨田哲郎弁護士は言う。

たかだか200円と思われるかもしれないが、これを一日3万人といわれるグッドウィルの稼働人口から徴収すると一日6百万円にもなる。一年ではなんと20億円をこえるのだ。グッドウィルが昨年計上した経常利益が67億円だから、その三分の一弱に相当する。ちなみにフルキャストでも「業務管理費」として250円徴収していたが、フルキャストユニオンとの交渉で今年の2月に全廃した。

指摘されてきた問題点について、スポット派遣の大手、グッドウィル、フルキャストの両社に見解を訊いた。(略-当然、内容のない回答)

派遣法のゆくえ

昨年、OECDが出したレポートによると、日本の貧困世帯の割合は、OECD加盟国の中で米国に次いで2位。派遣労働者250万人を含む、非正規社員1600万人余という圧倒的な数の低賃金労働者の現出。これは、すでに日本もアメリカ並みの階層社会に突入したことを示している。このまま階層分化がすすめば、いずれ不安定な社会が到来するに違いない。

しかし、財界はさらなる派遣の規制緩和を求めている。現在の派遣法では、派遣期間が3年をこえると、企業側に直接雇用の申し込み義務が課せられているが、これを撤廃することが財界の意向である。これを提唱している八代尚宏国際基督教大学教授は、その理由をこう語っている。

「期間の制限や直接雇用の申し込み義務で正社員に誘導するというのは誤った規制です。企業は契約を短期間で切らざるを得ないからです。むしろ期間が長い方が、派遣社員のスキルもアップするし、結果的に正社員になる可能性も高まる。(この規制では)自発的に派遣社員を選んでいる多くの労働者の利益も全く無視されています」

息も絶え絶えのスポット派遣労働者の声を聞いたあとでは、この言葉はむなしく聞こえるだけだ。むしろ「期間制限があると働かせる側は何が困るのですか。派遣期間を延ばしたからと言って、雇用の安定が保障されるわけではないでしょう」と言い切る東洋大学の鎌田耕一教授のほうに、強いリアリティを感じる。

厚労省の発表では、派遣労働者の数は毎年20万~40万人ずつ増えている。

スポット派遣労働者のデータはないが、99年以来急激に増え続け、関根氏の推測によれば「数十万人規模」という。期間制限を撤廃したら、企業は雇用責任任のない派遣社員を

いつまでも使えることになるから、派遣社員はさらに増えるだろう。現在、40歳を過ぎている派遣社員は、企業が嫌がるので、よほどのスキルがないかぎる雇用されない。そうした層が流れこんでくるため、スポット派遣で働く人は、現在より多くなるだろう。

スポット派遣を放置放置していることが日本の雇用を劣化させる、と浜村彰法政大学教授は言う。

「スポットで派遣する会社は、何に寄与してますか。職業能力を向上させる機会も与えず、人を育てることもしない。利益だけでしょ。それはブローカーですよ」

スポット派遣の最大手グッドウィルのトップ、折ロ雅博会長は経団連理事でもある。その折口氏が非正規労働者の報酬について尋ねられ、こう答えている。〈日本で払う給料は、間違いなく中国で払うより高い。労働者が、ものすごく安いコストで働いているというふうに私は思っていません〉(「週刊東洋経済」2007年1月13日号)

企業側の欲望を、これほど露骨に代弁した言葉は聞いたことがない。

働いても働いても年収が150万円に満たない低賃金で、職業能力を向上する機会もないスポット派遣労働者が増えるということは、技能のない単純労働者が多くなるということである。そうなると日本のモノ作りの土台を揺るがしかねない。また雇用の不安定な人たちが増えることは、社会不安を招くことになる。

日本がゆるんでいる

さすがにこうした流れに、政権与党からも批判の声が出ているという。そのひとりの後藤田正純衆議院議員に会った。彼は「健全な消費社会を築くには、少なくとも最低賃金を引き上げるべき」と述べたあと、こう語った。

「人材派遣は、バブル崩壊後の三つの過剰のうち、“過剰債務”“過剰人員”を減らすために進められた緊急避難的なものでした。それが今でも続いていることがおかしいのに、大手メーカーの中には、評判の悪い派遣会社と組むところが出てきている。いまの日本は、経済規律、市場規律、社会規律のどれもがゆるんでいるのではないでしょうか。日本は再規制を考えるべき時期に来ていると思います」

最後の取材を終えたあと、グッドウィル本社が入居している六本木ヒルズに行ってみた。限られた人間しか入れない「日本のゲーテッドタウンとも称されるここは、いまや日本の富裕層の代名詞にもなっている。無機質な建物の前で、ふいにある派遣労働者と会ったときのことがよみがえった。

四十歳をすぎたばかりというのに、「派遣会社に鎖でつながれているようなものです。これじゃ奴隷と同じです。もう夢も希望もないですよ」

と自嘲気味につぶやいた。余りにも切なすぎて胸が詰まってしまった。

夕日を浴びて金色に輝く六本木ヒルズを見上げながら、この下にスポット派遣で働いた人たちの屍が累々と横たわっている光景を想像してしまった。

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