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「経営理念」の重要性とその実践

(PDF版:「経営理念」の重要性とその実践

経営理念の重要性とその実践

企業経営にとって、企業活動の出発点として「経営理念」は非常に重要であると言われます。しかし、まだまだその重要性がきちんと認識されていないことも多いように見受けられます。また、「経営理念」が重要であるという認識がありながら、実際には社内に浸透しておらず、従業員の行動に反映されないということも多いかと思います。いわゆる知っていることとできることは違う、という状況に陥っているということです。そもそも「経営理念」とはどのような存在なのでしょうか。ここでは、「経営理念」について徹底的に考察してみたいと思います。

「経営理念」とはなにか

結論から言うと、「経営理念」とは、「企業の目的の達成に向け、原理原則に則り、一途に持続的な事業を行うための、理性に基づいた最も重要な考え方」と捉えることができます。なぜこのように捉えられるのかということを言葉や文字の成り立ちから調べてみましょう。

まず、言葉としては「経営」と「理念」をつなげたものになります。さらに分解すると「経」「営」「理」「念」という文字で構成されています。これらの意味を紐解きながら「経営理念」とは何かを解明してみましょう。

【経】

「経」は、戦前までは「經」という文字が使われており、「経」は現在の常用漢字です。「經」は、「糸」+「巠」で成り立っています。

「糸」は、「よりいと」の象形文字です。訓読みは「いと」、音読みは「シ」。意味は、以下のとおりです。

  1. いと、よりいと(綿・麻・繭などから取った糸筋をより合わせたもの)、糸のように細くて長いもの、糸を張った楽器、弦楽器
  2. きいと、絹糸、絹糸で織った織物
  3. 紡ぐ、糸を紡ぐ
  4. 小数の名。一の一万分の一

「巠」の部首は「巛(まがりかわ)」で、曲がった川が縦に流れている様を表し、機織の縦糸をかたどった象形文字です。単独で使われることはありませんが、意味は「たて・まっすぐ」だそうです。

「糸」と「巠」から成る「経」は、真っ直ぐな縦糸、筋道を表すようになったようです。音読みは「ケイ」、「キョウ」、「ツネ」、訓読みは「経て(タテ)」、「経つ(タツ)」、「経る(ヘル)」。意味は、以下のとおりです。

<ケイ>

  1. 織物の縦糸、縦・南北の方向
  2. 中国医学で気血の通路
  3. 通り過ぎる、経る
  4. おさめる、営む
  5. 首をくくる
  6. いつも変わらぬこと、つね
  7. 儒教で、不変の道理を説いた書
  8. 月経

<キョウ>

  1. 儒教の経典
  2. 仏教の教えを説いた書

「経営」の「経」の意味合いとしては、「おさめる、営む」ということになると思います。文字の成り立ちから、縦糸が真直ぐに伸びるように行うべき普遍的な道理、原則を意味し、これが転じて根本思想としてのお経、教典を表すようになったようです。また、訓読みで「常」を意味する「ツネ)」とも言い、永続性、普遍性を意味しています。つまり「経」は、「原理原則に則り一途に営むこと」と捉えることができるのではないでしょうか。

【営】

つぎに「営」の文字ですが、旧体字は「營」です。冠部分は「火」が二つで、かがり火、たいまつを表しています。「呂」は、背骨を象った象形文字で、「並んで続く」という意味があるそうです。背骨が関節でつながっている様子にこのような意味を持たせたようです。連なった建物で形成される「宮」の略字で、宮殿の平面図、転じて陣屋や砦、兵士の宿舎を表します。従って「營」は、敵の来襲を警戒し、壁で区切られた建物の周囲を、たいまつで取り巻いた陣屋のこと、また、その中に住むことを表しているということになります。これが、軍隊や宮殿の仕事に勤めることから「営む」の言葉として遣われるようになったとのことです。

「営」の音読みは、「ヨウ」「エイ」、訓読みは「営む(いとな-む)」で、意味は、以下のとおりです。

  1. 周囲をとり巻いて守られた陣屋、兵営、営舎、砦、軍隊の留まる所
  2. 軍隊で大隊のこと、一営は約五百人からなる部隊、転じて、軍隊
  3. 周囲をとり巻く
  4. 周囲にまといつく、からまる
  5. いとなむ、仕事を切り盛りする、計画に従って物事や事業を行う
  6. 漢方医学で、食べ物から得られたエネルギーによる活力のこと

ちなみに「営む」は、形容詞「暇(いと)無し」が動詞化され、「休みなく勤める」に転じたものだそうですが、以下を意味します。

  1. 怠らずに行う、経営する
  2. 神事・仏事を行う
  3. 支度をする、準備をする
  4. 造る

「経営」の「営」の意味としては、「組織で事業を行う」といったことになるでしょうか。

【経営】

「経」と「営」、だいぶイメージが湧いてきました。では、「経営」はどうでしょう。いろいろ説はあるようですが、紀元前八世紀に周の国の詩人が、祖先文王が霊台という祭壇を築いて、建国のシンボルとしたことを追想して「霊台を経始し、これを経しこれを営す。庶民これをおさめ、日ならずして成る」(詩経・大雅・霊台)と謳った中の「経之営之=これを経しこれを営す」が由来のようです。

土木工事や建築をする際に、まず「経」と「営」という作業を行ったということです。「経」は、杭を立てて縄を張り、支柱の位置などを決めるといった直線の区画を定める作業を指すようです。つまり、測量です。「営」は、建物の周囲に杭を打って縄をめぐらすことで建物の規模を定めることを指すようです。

直線の区画を定めることを「経」、外側を取り巻く区画をつけることを「営」といい、「経」も「営」も、事業をはじめる際の枠組みや要点、事業規模や範囲を決める作業で、きちんと計画し運営する必要性を説いているものと言えます。これが転じて、仕事を切り盛りすることも「経営」の意味に含まれるようになったそうです。

「経営」の意味を辞書で調べると以下のとおりです。

  1. 事業目的を達成するために、継続的、計画的に意思決定を行って実行に移し、事業を管理、遂行すること。また、そのための組織体。
  2. 政治や公的な行事などについて、その運営を計画し実行すること。
  3. 測量して、建物をつくること。
  4. 物事の準備や人の接待などに勤め励むこと。けいめい。
  5. 急ぎあわてること。けいめい。

あるいは、以下のような記述もあります。

  1. 方針を定め、組織を整えて、目的を達成するよう持続的に事を行うこと。特に、会社事業を営むこと。
  2. 土地を測り、土台を据えて建築すること
  3. 行事の準備、人の接待などのために奔走すること。事をなしとげるために考え、実行すること。
  4. あわてること、急ぐこと、けいめい

まとめると、私たちが、現在一般的に企業において事業活動をしていることを指す「経営」とは、「目的の達成に向け、原理原則に則り、(方針を定め、計画を立て、組織を整え、人心を集め、守りを固め、運営を実行し、)一途に持続的な事業を行うこと」と捉えることができるのではないでしょうか。

【理】

「理」に進みます。「理」の文字は、「玉」と「里」から成り立っています。さらに「里」は「田」と「土」に分解され、「田」は、田畑に縦、横の境界線を引いて区画した様子を表す象形文字、「土」は、土地の神を祭る為に柱状に固めた土を表す象形文字です。土地に筋目をつけること、あるいは、整える、収める、分ける、を意味しています。「玉」は三つの玉を縦ひもで貫いた象形文字で、「理」は、玉の表面に映る筋目のとおった美しい模様を磨き出すことを意味したようです。「理」は、中国思想で「天」や「道」とならぶ重要な概念とされています。

「理」の音読みは、「リ」、訓読みは、「おさめる」「きめ」「ことわり」で、意味は以下のとおりです。

  1. もっともな事、物事の筋道、法則、道理、すじ、ことわり、条理
  2. 理由、わけ
  3. 理論、理屈
  4. 真理、真実
  5. 法、規範、真如、法性
  6. 宇宙の根本原理
  7. 格式、礼儀にかなっていること
  8. 当然であるさま、もっともであるさま
  9. もちろんであるさま、いうまでもないさま

「理に適う」ということがよく言われますが、「理に適う」とは、これらの「理」の意味に適合している状態、つまり「原理原則に適っていること」を言うのだと思います。

【念】

「念」は、「今」と「心」に分かれます。一般的に「今」は時間を示した「いま」を意味しますが、ここでは「いま」を意味したものではありません。「今」をさらに分解すると、部首は「人」で「蓋(ふた)」を表し、「一」を何らかの存在と見立て、ある存在を蓋で押さえた瞬間に対して「ふくむ(含む)」「押さえる」という意味を持ったものです。後にその「瞬間」が「現在」の意味になり「いま」となったそうです。

「(心)こころ」は、「凝々(こりこり、ころころ)」や「凝る(こごる)」などのコル・ココルからであるとする説もありますが、正確な語源は定まっていないそうです。現在用いられている「心」の文字は心臓の形をかたどった象形文字ですが、実際には人の目には見えない精神的な作用、感情、意志、知識、意識、思いやり、情などを意味します。

「いま(現在)」の「心(気持ち)」が「念」であるとする解釈は誤りです。「念」は、「今(ふくむ)」よりも強いニュアンスで、心に備わる心の働きを強く心に留める(含む)ことを表し、心の中に強く思うこと、念じることを意味します、いつも想うこと、心に留めること、あるいは、憶えること、思い出すことも意味します。

  1. 「念」の音読みは、「ネン」、訓読みは「おもう」で、意味は、以下のとおりです。
  2. 思い、気持ち、考え、思い詰めた考えや気持ち
  3. いちずに思いをこめること、心中深く思うこと
  4. 気をつけること、心くばり、注意
  5. かねての望み、希望、念願
  6. [仏]
  •  物事を記憶している心の働き、いつまでも心に留めること、憶
  •  物事を考えたり思い描く心のはたらき
  •  きわめて短い時間の単位、刹那、一念
  •  阿弥陀仏の名号をとなえること、含み声で唱えること、念経、念仏
  •  心の中の一定の対象に精神を集中させること、対象に向かって心を集中し冥想すること

「念」は、「常に強く意識に留め一途に思うこと」とまとめてよいかと思います。

【理念】

「理念」を調べてみるとこうあります。理性によって得られる最高の概念、事物の永遠の原型としての超感覚的な真実在を意味するプラトンのイデア「idea(ギリシャ語)」が語源とのことですが、なぜ「idea」が「理念」の語源なのかわかりません。「idea(英語)」を調べてみると以下の意味があるそうです。

  1. 考え、意見、見解
  2. 思いつき、着想、創意工夫、アイデア
  3. 観念、思想.
  4. 知識、認識、理解.
  5. 見当、想像、漠然とした感じ
  6. 目的、意図、意義

日ごろ私たちが「アイデア」として使っている言葉にもかなり多くの意味があることがわかります。「思想」、あるいは「意義」などは、かなり「理念」に近い意味合いがあるように思いますが、それでもまだ日本語の「理念」には遠いような気がします。そこで「idee(ドイツ語)」を調べてみると「理念」「思想」「観念」とあり、もう少し近づいたような気がします。

さらに調べてみると、プラトンの唱えたイデア「idea」が、デカルト(フランス)、ロック(イギリス)、カント(ドイツ)、ヘーゲル(ドイツ)と進化をするに連れ、魂、世界、神という三つの純粋で理性的な概念を理念(イデー)とよび、さらに論理・自然・精神といった概念に至ったようです。

「理念」の意味を辞書で調べると以下のとおりです。

  1. 物事のあるべき状態についての基本的な考え、ものの原型として考えられる不変の完全な存在
  2. 事業・計画などの根底にある根本的な考え方、志
  3. 理性の働きとして得られる最高概念、主観としての人間の意識内容、魂・世界・神についての理性の先天的概念、精神的・絶対的実在

「理」と「念」を合せた「理念」は、「理性に基づいた最も重要な考え方」ということになるでしょうか。

【経営理念】

すでに「経営」と「理念」について以下のようにまとめました。

経営: 「目的の達成に向け、原理原則に則り、(方針を定め、計画を立て、組織を整え、人心を集め、守りを固め、運営を実行し、)一途に持続的な事業を行うこと」

理念: 「理性に基づいた最も重要で根本的な考え方」

従って、「経営」と「理念」を合わせると、「経営理念」とは、冒頭にお伝えしたように以下のように言えるのだと思います。

経営理念: 「目的の達成に向け、原理原則に則り、一途に持続的な事業を行うための、理性に基づいた最も重要な考え方」

何のための「経営理念」か

稲盛和夫さんは、人生の方程式として「人生・仕事の結果=考え方×能力×熱意」と説かれています。仮にこれらに点数をつけるとすると、人として生まれてきたからには何らかの「能力」あると考え、この点数は0点から100点まで。また、どんな人でも何らかの「熱意」があるとするとして、これも0点から100点まで。これに対して「考え方」は、ポジティブな考え方もネガティブな考え方もあるため、マイナス100点からプラス100点まで点数をつけることができるというものです。

これらの点数をこの方程式に当てはめると、どんなに「熱意」や「能力」があっても「考え方」がマイナスであれば、すべての計算の結果はマイナスになります。逆に「熱意」や「能力」が多少劣っていたとしても、「考え方」がプラスであれば、結果もプラス。善きことを思い、善きことを行えば「能力」や「熱意」の不足を補って余りある結果ももたらすということになります。

このことは、企業の不祥事を例にとるとよくわかります。優秀な学校を卒業した「能力」のある人が、「熱意」をもって何かに取り組んだとします。その「考え方」が、自分さえよければいいという利己的なものであれば、結果として違法行為、汚職、贈賄、横領などの不祥事に発展し、時として廃業にまで追い込まれることさえあるのです。むしろ「能力」があればあるほど、「熱意」が強ければ強いほど、マイナスの「考え方」の結果は大きくマイナスに作用し、あってはならない事態にまで至るということです。

企業経営において、この「考え方」が重要であることは言うまでもありません。企業が日々、事業を行うに当たっては、さまざまな場面でさまざまな「考え方」を問われます。それらすべての「考え方」の軸となるのが「経営理念」です。「経営理念」は、事業の結果を大きく左右する非常に大切なものです。「理性に基づいた最も重要な考え方」こそ、大きな成果をもたらす基盤になるのです。

「経営理念」の成り立ち

多くの企業が多くの表現で「経営理念」を掲げています。一概にこれが正しいということはないようですが、多くの場合、社是、社訓、信条、社憲、使命、企業理念、基本理念、経営方針、行動規範、行動指針、存在意義、企業目標、誓い、思い、綱領、要諦、精神、あるいは、フィロソフィ、コンセプト、ミッション、ビジョン、バリュー、スローガン、ステートメント、モットー、クレドなどによって表されています。またはこれらを組み合わせて、企業の考え方として「経営理念」として凝縮させています。ただし、この段階で論理的な構成になっていない企業は、どこかに矛盾を生じさせることになり、事業活動に支障をきたすことにもつながるでしょう。

代表的なものを取り出してみると以下のような表現で「経営理念」が表されています。

  • 社是: 会社や結社の経営上の方針、主張。また、それを表す言葉
  • 社訓: 企業の経営理念、従業員のすべてが順守すべき行動指針や行動規範
  • 信条: 堅く信じていることがら、信念、教義

また、欧米では以下の要素で構成されることが一般的です。

  • ミッション(Mission): 任務、使命
  • ビジョン(Vision): 将来の構想、展望、将来を見通す力、洞察力
  • バリュー(Value): 価値、値打ち、価値観、対価、評価

「経営理念」は社業に関係する社内外の多くの人に伝え、共有し、理解を得ることが必要です。そして何よりも従業員に行動や判断の指針を与えなければなりません。中には従業員の経験、体験をとおして初めて得られるような抽象度の高い経営理念もありますが、一般には、企業の持つ理想として「誰に」「何を」「どのように」「どうする」という要素が含まれているものが「経営理念」と言えるでしょう。

「経営理念」と「企業理念」

「理念」は、「経営理念」として掲げられているものと、「企業理念」として掲げられているものに分かれています。記載されている内容については、大きな違いはないことが多く、どちらが正しいということはないものの、その存在の立ち位置が違うと考えられます。

「経営理念」は、経営者、特に創業者の人生観、労働観、社会観、世界観などの価値観、生き方、ものの見方、考え方、信念、精神、魂が色濃く反映されています。なによりも経営者自身の心のよりどころとなり、経営の軸となるものと言えます。

一方、「企業理念」は、創業者の手から離れ、社会の公器となった大企業に多く見られるように思います。経営者のサラリーマン化が進んだがゆえに創業者の思いを踏襲しながらも、役員一人では「経営理念」を担えなくなったということ。それと同時に全従業員でこれを背負うという意味を含めて「企業理念」としているのではないかというのが筆者の考えです。「経営理念」は経営者にとっての理念、「企業理念」は企業にとっての理念ということです。

いずれにしても、「理念」を見れば、その企業の創業の精神、根本的な考え方、目的や存在意義、どうありたいのかがわかると言えるでしょう。

「経営理念」の効用

そもそも「経営理念」は、創業者の思想であり、「理性に基づいた最も重要な考え方」を示したものなので、その存在自体は損得の問題ではないはずです。しかし、企業活動を行う上で「経営理念」があることによる効用があることも確かです。普遍的で正しい「経営理念」があるとどのような効果が生まれるでしょうか。以下に主なものを挙げてみます。

  1. 経営の原点

すべての事業活動の根本的な考え方として「経営理念」を位置づけることで、ぶれることなく目的に向かって歩むことができます。吉田松陰や西郷隆盛の愛読書だったと言われる「言志四録」を書いた江戸時代の儒学者、佐藤一斎に「一灯を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うることなかれ、ただ一灯を頼め」という言葉がありますが、まさに「経営理念」は羅針盤そのものです。

  1. 企業文化、風土の醸成

価値観を明確にし、従業員とその価値観を共有し、企業活動の価値基準とすることで企業文化、風土を醸成する基盤となります。多種多様な価値観を尊重しながらも、組織としての価値観を共有することは、関わる人びとの求心力を高め、強い集団の形成につながることになります。

  1. 思考や言動の判断基準と行動指針

経営者だけでなく、役職者や従業員の思考や言動の判断基準、行動指針となります。事業活動は日々さまざまな判断が求められますが、すべてのことについて経営者や役職者が判断するわけにはいきません。関わる人びとが同じ方向に向かって進むためには、同じ判断基準、同じ行動指針を持つことが必要です。

  1. 意思決定の加速化

関わる人びとが同じ判断基準、同じ行動指針を持つことで、意思決定が早く行われるようになり、事業活動が加速します。軸があることで、ものごとの取捨選択がスムーズになり、優先順位も明確になります。目の前にあることはすべてやらなくてはならないように思いがちですが、やらないという判断も選択できるようになります。

  1. モチベーションの向上

社会に向かって正々堂々と胸を張って誇れる「経営理念」があると、これに携わる従業員も誇りを持てるようになります。また、仕事をする意義も明確であることで、やりがいを持つこともでき、モチベーションが向上します。

  1. 商品、サービスの向上

お客さまに一番近い存在の従業員が状況に合わせて即時に判断できるようエンパワーメントをすることで、自発的、かつ主体的な行動がとれるようになり、商品やサービスの質的向上を図ることができます。

  1. ブランド力の向上

企業として掲げた「経営理念」に基づいた言行一致により、すべてのステークホルダーとのすべてのタッチポイントが統一されたものに受け取られ、信頼性が増すことでブランド力が向上します。また、ブランド力が向上するとお客さまの新規獲得、リテンションなどにおいても「経営理念」が有効に働きます。

  1. 優秀な人材の採用と定着

社会が心の豊かさを求める意識が高くなっている現在、より良い企業文化が社外に伝わることで、優秀な人材が集まりやすくなります。正しい「経営理念」は定着率の向上や人材採用においても有効です。優秀な人材の定着や採用のためにも、従業員を惹きつける「経営理念」を示せるかどうかは重要になります。

  1. 職場環境の改善

従業員が、心のよりどころとして働きがいや生きがいを感じられるようになり、「経営理念」を正しく実践しようとすることで職場環境が改善します。

  1. モラルの向上

社会への貢献を意義とした「経営理念」により、従業員が社会の一員としての立場を得、尊厳欲求や社会的欲求などが満たされることでモラルが向上します。また、「経営理念」が浸透した状態では、相互に意識が高まり、相互に監視する関係性が構築されるため、全体的なモラル向上につながります。

「経営理念」がない場合の弊害

明確な言葉として「経営理念」が掲げられていない企業もありますが、その場合でも代々受け継いできた大切にしている魂、精神、家訓と言ったものが語り継がれていることもあるでしょう。また、経営者が自らの背中を見せながら思いを共有している場合もあるでしょう。その意味では、名文化された「経営理念」が、絶対的なものではないのかも知れません。一方、有形無形にかかわらず「経営理念」もしくは、「経営理念」に相当するものがない企業ではどのような弊害が生じるでしょう。概ね、前述の効用を裏返したものになりますが、以下のようなことになるのではないでしょうか。

  • ž   従業員が何のために働いているのか存在意義がわからない
  • ž   従業員が将来どこに向かってゆくのか不安になり夢や希望を失う
  • ž   従業員が何を判断基準としていいのかがわからない
  • ž   従業員の行動に反映されないため共感や誇りが得られない
  • ž   従業員の行動にやるべきことが適切に反映されない
  • ž   従業員からの求心力がなく、コミュニケーションが滞る
  • ž   社内に不正や不祥事がおき、職場環境が悪化する
  • ž   顧客に求心力がないことが伝わり売上が低下する
  • ž   顧客の不信感がつのり業績が悪化する
  • ž   協力会社から的を射た支援をうけられない
  • ž   社会からの信頼を得られずブランド力が備わらない

結局、すべてのステークホルダーから企業の存在意義が認められず、業績不振に陥り、最悪の場合は倒産、廃業という事態に至るということです。繰り返しますが、「経営理念」は経営者の「志」ですから、業績向上のためにあるわけではありませんが、なければこのような弊害もあるということは認識しておいた方がよさそうです。

「経営理念」と業績の相関関係

具体的に「経営理念」の有無が、業績とどのような相関関係があるかという調査結果を見てみましょう。まず、経営理念の有無についてですが、株式会社電通国際情報サービスが2002年に中小企業230,000社の中で「優良企業」とされる11,000社に対して行った調査によると、経営理念がある企業は55%、経営理念がない企業は45%という結果が出ています。分析の対象となった企業数は5,156社ですので結果の信憑性は非常に高いものと思われます。そして、経営理念の有無と経常利益との相関関係を見ると以下のような驚くべき結果が導き出されています。

経営理念と利益の相関度

経営理念の有無 構成比 平均経常利益 業績の対比
あり 55% 49,000千円 170%
なし 45% 29,000千円 100%

「経営理念」の有無が、経常利益で1.7倍もの差をつけているのです。これはもう捨て置けません。さらに同調査による経営理念の有無と事業規模(売上規模)、経常利益の関係を見ると、売上、利益が大きいほど、「経営理念あり」の比率が高いとのことです。

売上(事業規模)と経営理念

売上 経営理念あり
2億5千万円未満 47%
2.5~10億円 57%
10~30億円 70%
30億円以上 76%

経常利益と経営理念

経常利益 経営理念あり
3千万円未満 49%
3千万~1億円 61%
1億円~3億円 69%
3億円以上 78%

「経営理念」があるから売上、利益が伸びるのか、「経営理念」がないと売上、利益が伸びないのかは、これだけでは判断できませんが、結果として売上、利益と経営理念の有無はほぼ同様に業績と正比例するという事実があることは確かなようです。

明文化された「経営理念」は必要か

筆者の答えはイエスです。明文化された「経営理念」は必要だと思います。45%の企業は、「経営理念」がないという調査結果があることはすでにお伝えしましたが、そのような企業の経営者にしても、多かれ少なかれ頭の中に経営理念に近い考え方があると思われます。単に明文化がされていないだけと考えられます。一人で事業を営んでいるのであればそれでもよいかも知れませんが、従業員を抱えるようになるとそうは言っていられません。企業が成長するにつれ、従業員の意思統一を図ることが難しくなるからです。

前項の「経営理念」と業績の相関関係、でお伝えしたように利益追求という観点から「経営理念」があった方が業績がよいという解釈もありますが、これはあくまでも結果です。結果に至るまでのさまざまな場面で、「経営理念」によるブレのない経営ができたからこそ、「経営理念」がない企業よりも業績がよいという結果がもたらされたのではないでしょうか。

筆者自身がビジネスの場に長い間いる中で、前述した「経営理念」の効用について何度もそのメリットを感じた経験があります。まずは、経営者の心の軸として「経営理念」はあった方がよいと思いますし、これは従業員に対するマニュフェストになるのです。「経営理念」を明文化することで、従業員をはじめとするすべてのステークホルダーに対して、嘘を言わない、嘘を言えないという戒めとなります。相互の信頼関係を築くためにも必要です。グローバル化や高度情報化により、否が応でも、終身雇用や年功序列と言った我が国の雇用慣行が変化し雇用の流動化が進んでいること、人びとの価値観が多様化し、精神論、体力勝負、勘が通用しなくなってきていることなどから、ますます「経営理念」を明文化する重要性が増してきていると言えます。

世の中には、「経営理念ではメシは食えない」「経営理念を考える時間があったら仕事しろ」と考えている人もいるようですが、松下幸之助さんは、「会社経営の成否の50%は経営理念の浸透度で決まり、30%は社員のやる気を引き出す仕組み作りで決まる。戦略戦術は残りのわずか20%である。」と説いています。また、筆者が尊敬する稲盛和夫さんは「経営理念を守れないならば、会社を畳んだ方がまし。」とまで言っています。「経営理念」は、それほど重要なものと捉えることが必要ではないでしょうか。

良い「経営理念」とは

「経営理念」が経営者の思いであると捉えると、「経営理念」に良いも悪いもないのかも知れません。良い「経営理念」であれば繁栄につながるでしょうし、悪い「経営理念」であれば衰退に向かうということだと思います。いずれにしても、どのような「経営理念」にするかは、経営者の考え方によるものですから、考え方そのものに第三者が良い悪いと言うことは非常に難しいものがあります。なぜならば、経営者自身の思いがないにもかかわらず、きれいな言葉だけを並べても実行に結びつかないからです。

では、経営者が誰もが共感をする善き思いをもって明文化された「経営理念」を考える場合はどうしたらよいでしょうか。少なくとも、その内容がしっかりしたものであること、文化や風土、実情に合致していること、分かりやすいものであること、一貫性が保たれているもの、といったことを考慮しなければなりません。表現上の良し悪しも考えなければなりません。

内容については、以下を漏れなくダブりなく論理的に網羅することが必要です。また、誰が聞いても一定程度同じ解釈になるよう言葉の選択も非常に重要です。

  1. 存在意義(何のために経営をするのか)
  2. 事業ドメイン(固有の役割は何か)
  3. 価値観(大切にしたいことは何か)
  4. 従業員に対する姿勢
  5. 顧客や取引先に対する姿勢
  6. 株主に対する姿勢
  7. 地域社会や環境に対する姿勢

ある調査によれば、経営理念によく使われる言葉は、社会、顧客、人(人びと)、従業員(社員)、商品(製品)、サービス、技術、豊か、貢献、創造、信頼、提供、発展、経営だそうです。よく見ると「誰に」「何を」「どのように」「どうする」という言葉が含まれています。これらの言葉を適当に並べれば、見た目上はそれらしい「経営理念」ができるのでしょうが、魂が籠っていなければすぐに見透かされることは言うまでもありません。まずは、思いを明確にすることが必要です。

文化や風土、事業の実情に合致していることも大切です。「経営理念」に掲げられていることと実際に行っていることの乖離はむしろ不信感につながります。例えば、「顧客第一」と言いながら、実際には自社の都合ばかりを考えて商売をしているなどということがあると、お客さまだけでなく従業員からも失笑されることになりかねません。

また、「経営理念」の内容もさることながら、「どう表現されているか」も重要です。「経営理念」を積極的に受け入れようと思えるかどうかは、表現のしかたに左右されるからです。その意味では、まず、分かりやすいことが必要です。従業員への浸透だけでなく、すべてのステークホルダーからの理解を得るためには、わざわざ説明が必要になるような言葉の選択は避ける方が無難です。一方、固有の特長は生かさなければなりません。簡潔でありながら本質を言い当てている言葉、誤解の余地のない明確な言葉を選択する必要があります。

そして、一貫性が保たれていることも必要です。すでに述べたように、企業によって社是、社訓、信条、あるいはミッション、ビジョン、バリューなどその構成はさまざまです。それぞれの位置づけを明確にし、その中に含まれる言葉に矛盾が生じないよう気をつけなければなりません。

良い「経営理念」とは、誰からも理解されやすく、浸透しやすいものと捉えるとよいのではないでしょうか。

「経営理念」を策定する時期

一般的には、「経営理念」は創業時につくるというのが常識とも言われますが、必ずしも創業当初から確固たる「経営理念」がなかったケースもあります。前述の株式会社電通国際情報サービスによる調査によれば、経営理念の形成時期と利益の関係は以下とのことです。

経営理念の形成時期と利益の関係

  構成比 平均経常利益
創業時 42% 37,000千円
創業後5年以内 20% 50,000千円
創業後6~10年 12% 52,000千円
創業後11~20年 11% 66,000千円
創業後20年超 15% 65,000千円
合計・平均 100% 42,000千円

この結果を見ると、創業後11~20年の間に「経営理念」を形成した企業が最も高い利益を出しており、創業時に「経営理念」があることが必須ではないことを示しています。

この調査の分析によれば、まず一つの理由として、「経営理念」にも質というものがあり、10年以上かけて形成した密度の濃い「経営理念」がある企業は利益も高いとの仮説が可能であるということ、もう一つは、「経営理念」が経営者の人間としての成熟と表裏の関係にあるとのことです。

創業後11~20年の間に「経営理念」を形成した企業が最も高い利益を出しているからと言って、それまで待つ必要はないと思われますが、質の高い「経営理念」は、高い業績につながると考えてもよさそうです。

「経営理念」は、改定してもよいか

企業を取り巻く外部環境は、日々刻々と変化しています。すでに「経営理念」が掲げられているが実態と合わない、内容が不足しているなどと考えられることもあるのではないでしょうか。結論から言えば、時代の要請に応じて見直すことは構わないと思います。ただし、創業の精神はきちんと踏襲することが必要です。

日本を代表する企業であるトヨタ自動車にしてもパナソニックにしても、社名だけでなく「経営理念(綱領)」も改定しています。両社ともに時代の変化に合せて、時代に適合したものに変えていると言えますが、創業の精神は大切にしています。

この両社は歴史もあり、創業者の言葉遣いが、現在では一般に使われないものになってしまったという背景もあると思いますが、いずれにしても、すべてのステークホルダーから理解されやすい言葉や表現、構成に変えたことが変更した大きな理由であり、それによりさらなる浸透を図ろうという意図があったのではないかと思われます。

一方、必要に応じて「経営理念」を改定すること自体は問題ないとしても、あまり頻繁に変更することは考えものです。軸がブレないように経営理念を制定しているにも関わらず、軸がブレることになりかねません。頻繁に変更すると、従業員を含むステークホルダーから何が本当なのかという疑問を抱かせてしまうことにもなります。「経営理念」の策定や見直しはその意義が薄れないよう慎重に行うことが必要です。一度決めたら、末永く羅針盤となることを前提に「経営理念」を掲げることが必要ではないでしょうか。

新たに「経営理念」を策定する場合の手順

すでに一定程度、事業が進んだ状態で新たに「経営理念」を策定する場合は、経営者からのトップダウンではなく、従業員の声を吸い上げながら策定することが望ましいと思います。関わる人々の声が「経営理念」に反映されることで、従業員のモチベーションが向上するからです。自社が提供できる価値は何か、他社にない強みは何か、解決すべき課題は何かを徹底的に洗い出すことで、進むべき方向が見えてきます。まず、従業員の声を集約し、それぞれの内容を一つひとつ検証した上で、「経営理念」を構成すべき要素を抽出します。

さらに、無作為に抽出された要素を整理し、並べ替え、組み立てるという作業になりますが、ここでは論理的思考が必要です。概ね、次項で述べる、「経営理念」を策定する場合のポイント、に従って整理をすると組み立てやすくなるのではないでしょうか。「経営理念」=「理性に基づいた最も重要で根本的な考え方」ですから、その考え方の頂点に何を置くかによって、それに連なるロジックツリーが変わります。したがって、何を頂点に据えるかということは非常に重要です。頂点は、企業として最終的に何を果たしたいのかということになります。

最後に本当の意味で魂の入った言葉を探していきます。これは非常に大変な作業ですが、言葉は言霊とも言います。いかに的を射た言葉を選ぶかが非常に重要になります。ブランドイメージ、ブランドアイデンティティとかけ離れていないかということも考えなければなりません。勇ましいイメージの企業がやさしい言葉を選ぶとか、おとなしいイメージの企業が元気一杯な言葉を選ぶようなことをすると信頼感が揺らぎます。意図的にそれまでと違うイメージにシフトしたいということもあるとは思いますが、その場合でも適度な範囲に留めるべきでしょう。

表現を考えるに当たっては、いずれの部門に所属する従業員に対しても、自らの仕事や価値観に照らし合わせやすい内容になっているかどうかを考慮する必要があります。特定の部署だけのことを言っていないかという観点で確認しなければなりません。また、人材の流動化により中途入社の従業員も増えることも考慮すると、プロパーの従業員の間だけで通じるような言葉も避けた方がよいでしょう。なお、策定後にどのように運用するのか、従業員へどのように浸透させるかまで想定して、適切な文字数や文章量になるよう策定することも考慮すべきことと思います。どのようにコミュニケーションを図るかが大切になります。

「経営理念」を策定する場合のポイント

「経営理念」を新たに策定するにしても、旧来のものを改定するにしても、いくつかの切り口で考える必要があります。まず前述の、良い「経営理念」とは、で挙げた7つの項目をさらに分解して考えるとよいのではないでしょうか。

  1. 創業の精神(創業者の志、社是や社訓の意味、存在意義)
  2. 経営者の価値観(道徳観や倫理観、思想、哲学)
  3. 提供価値(社会や顧客に提供できるもの)
  4. 経営姿勢(重視する考え方)
  5. 行動指針(判断や言動の基準)

つぎに、利益をどのように捉えるかです。つまり「企業の目的は、利益を創出することである」と考えるのか、「利益は、事業を継続するための条件である」と考えるのかによって、事業への取り組み方がまったく異なるものになります。あるいは、他者の利益のためか、自らの利益のためか。経営者としていずれが正しいのか本心で思えることを理念に掲げなければなりません。

もう一つは、ステークホルダーをどのように捉えるかです。一般的にステークホルダーとして顧客、従業員、取引先、株主、社会が対象になると思いますが、その優先順位はどうするかということです。欧米では、株主が重視されることが多いようですが、日本では、顧客を重視する傾向が強いのではないでしょうか。この優先順位によっても事業の取り組み方は大きく変わってきます。

ご参考まで、2012 年の日本能率協会の「新任役員の素顔に関するアンケート調査」によれば、「誰の利益を最優先するか」という問いに対しての答えは、従業員45.0%、顧客23.0%、株主18.2%、社会8.6%の順だそうです。従業員が最も優先順位が高いということになります。興味深いのは、2009年のリーマンショック直後の同調査では、従業員の利益を最優先するとの回答が51.6%と過去最高であり、最後に頼れるのは従業員である、もしくは最後に守るべきは従業員であるということを示しているように思います。

ちなみに、同調査における理想の経営者の第一位は、京セラ、KDDI、JALのいずれにおいても「経営理念」に「全従業員の物心両面の幸せを追求する」を第一義とした稲盛和夫さんで、第二位 松下幸之助、第三位 本田宗一郎と続くそうです。

最も大切なことは「経営理念」の浸透と実践

2009年に経済産業省が、関東経済産業局管内の1都10県の従業員300名以下、または資本金3億円以下の中小製造業2,000社の実質的な経営者に実施した「中小企業経営のあるべき姿に関する調査」によれば、「活力ある中小企業経営の7つのポイント」として以下が指摘されています。この調査を行った研究会の座長は、「日本で一番大切にしたい会社」の著者として知られる坂本光司法政大学大学院教授です。

  1. 経営理念を明確化して実践する
  2. 経営理念を社内に浸透する
  3. 自立・創造できる人づくりに取り組む
  4. 長期的な視点で人づくりに取り組む
  5. 従業員への動機付けに取り組む
  6. 信頼感と一体感を高める組織づくりに取り組む
  7. 経営者力向上に取り組む

これまで、「経営理念」の重要性や必要性、またその効用などについてお伝えしてきましたが、すでにある「経営理念」、または新たに創る「経営理念」は、社内に浸透させ、実践していかなければ意味がありません。

この調査の結果によれば、「活力ある中小企業」と「赤字基調企業」の間に以下の差があることが明らかになっています。この調査は製造業に限ったものですが、他の業種においても多かれ少なかれ同様のことが言えるのではないでしょうか。

経営理念の明確化

  明確にしている 明確にしていない
活力ある中小企業 87.4% 12.6 %
赤字基調企業 75.4% 24.6%

経営理念を実践(経営理念は実際の経営判断において、どの程度実践できているか)

  ほぼ実践 ある程度実践 少しは実践 実践できていない 無回答
活力ある中小企業 24.3% 66.7% 8.1% 0.0% 0.9%
赤字基調企業 8.7% 47.8% 41.3% 2.2% 0.0%

経営理念の浸透(経営理念は社内に浸透しているか)

  ほぼ浸透 ある程度浸透 少しは浸透 浸透していない
活力ある中小企業 33.3% 52.3% 12.6% 1.8%
赤字基調企業 17.4% 54.3% 26.1% 2.2%

実践においても、浸透においても、明らかに「赤字基調企業」よりも「活力ある中小企業」の方が、結果として「経営理念」に対する意識が高く、いかに「経営理念」を浸透させ実践することが重要かが示されています。

具体的な「経営理念」と抽象的な「経営理念」

なぜ「経営理念」の浸透が必要かと言えば、これは間違いなく行動に結びつけるためです。どんなに立派な経営理念が掲げられていても、従業員の行動にむすびつかなければ、「経営理念」の達成にはおぼつきません。「経営理念」と行動の間には、理解というプロセスを経る必要があります。掲げられた「経営理念」が心底、従業員からの共感を呼びさまし、理解されることで、初めて求められる行動に結びつくということです。

そうであれば「経営理念」を確かな理解に導く内容や表現は、非常に重要なものと言えることになります。「経営理念」の内容や表現は多種多様ですが、大きく二つのタイプに分かれるようです。一つは、一定の行動が求められる具体的な表現がされているもの。もう一つは、その表現だけでは何をしたらよいのかわからない抽象的なものです。前者の場合は、共感や理解を得やすく実際の行動に直接結びつきやすいと言えます。後者の場合は、経営者が歩んだ人生から得た教訓のようなものから表されることが多く、行動を重ね経験を積むこと、仕事を通じて体得することで理解に至るということが言えると思います。

どちらが良いとは言えませんが、いずれも心底、理解が進んだ状態、腑に落ちた状態に至らなければなりません。理解から行動にむすびつけるにしても、行動から理解にむすびつけるにしても、最終的には「経営理念」に込められた魂、精神を知り、本来求められている行動にむすびつけることが重要です。そして、これらのプロセスによって浸透のさせ方も変わってきます。具体的であれば状況に応じて「経営理念」に当てはめた施策が必要でしょうし、抽象的であれば「経営理念」を体得するために必要な経験を積ませる施策が必要となります。

表現が具体的すぎると書かれていること以外の行動につながらない可能性もありますし、抽象的すぎると何をどのように行動したらよいのかわからないという可能性もあります。平凡な言い方になってしまいますが、内容が明確で、共感や理解を得やすく行動に反映しやすいよう、あまり抽象的なものとせず、適度に具体的な表現を心がける方がよいと言えるのではないでしょうか。

「経営理念」を浸透させる工夫

「経営理念」が浸透した状態とは、「経営理念」が社内で共通言語化し、さまざまな局面でその言葉が交わされ、これによって物事の判断がされ、これに沿った言動がされている状態のことと考えられます。一人ひとりの従業員が「経営理念」に則った判断や言動ができるようになるまで浸透させなければなりません。「経営理念」をどのように浸透させていくか、仕組みや仕掛け、工夫をこらすことも大切です。

前述の経済産業省の調査によれば、概ね以下のような工夫が施されているとのことです。

経営理念浸透の工夫 比率(複数回答)
朝礼や会議等で経営者から訓話をする 49.3%
経営者自らが日常的に経営理念を体現する行動をとる 44.8%
経営理念に即して従業員の具体的な行動目標、行動課題を策定している 40.0%
朝礼や会議等にて唱和している 23.5%
経営理念の浸透、体現を目指した教材や冊子等を作成している 16.3%
経営理念の浸透、体現を目的とした合宿や研修を実施している 7.0%
その他 6.5%

「経営理念」は簡単に社内に浸透するものではありません。時間がかかります。朝礼や会議だけでなくミーティングや雑談の場など、あらゆる場面を利用して「経営理念」を共有し、従業員からの共感を得、自発的に行動をおこすよう機能している状態を作り出さなければなりません。また、深く理解を促すためには、定期的に勉強会なども開催し、「経営理念」について語り合い、互いに気づきを得るような場を作ることも有効です。

また「経営理念」は、従業員だけでなく、すべてのステークホルダーからの理解を得る努力もしなければなりません。ホームページやイントラネット、会社案内や各種パンフレット、名刺や封筒、ポスターやハンドブック、卓上プレート、ボールペン、マグカップなどのギブアウェイまで徹底的に意識に刷り込むような施策も有効かと思います。「経営理念」を体現する企業として認められることで、従業員だけでなくステークホルダーが集まる環境も整備されます。そして、自社の「経営理念」の価値が高まることで、ブランディング上も大きな意味をもつことになります。

さらに「経営理念」の実践について人事評価に組み込むことや、表彰制度を設けることなど、単なるお題目ではなく、実質的に行動に結びつくような施策も考慮するとよいのではないでしょうか。

「経営理念」を通した人づくり

松下幸之助さんの有名な言葉に「松下電器は人をつくっています。モノをつくる前に人をつくっています」というものがありますが、先に述べた「活力ある中小企業経営の7つのポイント」の中でも、「経営理念」の明確化、「経営理念」の浸透のつぎに挙げられているのは、「自立、創造できる人づくり」「長期的な視点で人づくり」「従業員への動機付け」といずれも人材に関することです。

調査結果によると、活力ある中小企業の経営者の44.1%が人材育成や教育に最も時間を費やしていると答えています。一方、赤字基調企業の経営者で人材育成や教育に最も時間を費やしていると回答した割合は21.3%で、活力ある中小企業の半数に過ぎません。企業の業績は人材育成や教育によるところが大きいことがよくわかる調査ではないでしょうか。また、今後の企業経営において重視したいものとして人材教育と回答した割合は、活力ある中小企業で55.9%、赤字基調企業で39.3%とのことです。ここでも、業績の良い企業ほど人材育成に熱心であるという姿が浮かび上がります。

人材育成というと、知識や技能を磨く、あるいはOJTを通して経験を積むということに目が向きがちです。もちろん、これらの教育も必要でしょう。しかし、それ以上に大切なことは「経営理念」を通した「人財育成」と言えるのではないでしょうか。「経営理念」が腑に落ちることで、自ら進んでその意義を達成しようという意思が備わります。長い目で見ると、目先のスキルよりも社会に貢献するという自覚や人としての力が大切になります。そして、主体性や責任感などが養われます。そのような人材を多く育成した企業は自ずと成長します。

ピーター・ドラッカーは、「人材の育成こそ最も重要な課題であることを忘れてよいはずがない」と言っています。重要事項は優先させなければなりません。「経営理念」を通じた勉強会や研修など意図的に機会を作ることは、単に「経営理念」を浸透させるだけでなく、人づくりにもつながるということを認識すべきではないでしょうか。

「経営理念」を起点とした事業展開

たびたび引用する「活力ある中小企業経営の7つのポイント」ですが、人への投資に続くものとして「信頼感と一体感を高める組織づくり」が挙げられています。信頼感と一体感は人の集合体としての組織の能力によるところも大きいとは思いますが、組織の構造は戦略に従う必要があります。アルフレッド・チャンドラーが提唱した「組織は戦略に従う」です。つまり、組織の構造を考える前にまず戦略を考える必要があるということです。

ここでも「経営理念」が重要な位置づけとなります。「経営理念」はすべての企業活動の起点ですから、「経営理念」に従って経営方針、経営戦略、中期経営計画、単年度計画、事業方針、事業戦略、事業計画、そして部門方針、部門戦略、部門計画、さらに個人目標、個人の業務へとプロセスが続きます。このプロセスを通じて事業活動が一貫したものとなり、信頼感や一体感が生まれます。これらを支える手段として組織や制度を整えることが必要になるのです。

一般的には、経営方針で目標を掲げることになりますがが、目標と言うと売上、利益と言った数値にばかり目が向きがちです。本来は「経営理念」に掲げられた方向性に従って、「何をどこまでやるのか」ということを明確にしなければなりません。売上や利益の目標はあくまでもその活動の結果として定められるものと捉えることが必要です。

では、経営戦略はどうでしょうか。経営戦略は、経営方針として示された目標を具現化するための方法です。つまり、「何をどこまでやるのか」という目標を「どのようにやるのか」という方法に落とし込むことです。この「どのようにやるのか」にしても手段を選ばずということではないはずです。「経営理念」に掲げられた価値観に則った方法でなければなりません。このように「経営理念」を一人ひとりの従業員の日々の業務にまで噛み砕くことで、企業としての「経営理念」の実現に近づけることができるのです。

歪んだ「経営理念」の浸透

これまで述べてきたように「経営理念」は確かに重要です。しかし、それが極端に昂じるとどうなるでしょうか。いくら「経営理念」が重要だからと言って、「経営理念」の言葉に過度にこだわり、業務に結びつかない言葉遊びになっている、あるいは従業員に「経営理念」を押し付けるというのは問題です。

「経営理念」は道具ではありません。崇高な「経営理念」を掲げ、それを実現するために休みなく働け、給料が安くても我慢しろ、賛同できない者は去れ、ということはあってはなりません。これがまかり通るようになると、経営者の言っていることは絶対であり、「朕は国家なり、正義は我にあり」という専制国家になってしまいます。自己本位の大義名分を振りかざして、社会的な規範を侵してもよいと言っているカルトと変わりません。

このような状態になると、素直で従順ないわゆる「いい人」ばかりが集まり、見えない鎖で柔軟性や多様性を阻まれた従業員は「経営理念」の枠から出られなくなり、結果として企業の衰退を招くことになってしまいます。歪んだ「経営理念」の浸透は、一時の繁栄をもたらすかも知れませんが、長い目で見ると結局、破滅に向かうことは必定です。

「経営理念」を重視することは非常に重要ではありますが、それと同時に個人の多様性を認め価値観を尊重しなければなりません。「経営理念」の浸透に併せて、従業員の誇りと幸せを尊ぶ企業風土の構築も併せて考えることが必要ではないでしょうか。

経営者が実践してこその「経営理念」

本当の意味で「経営理念」を浸透させるために最も重要なことがあります。熱い想いを込めてその精神を繰り返し説く、すべてのステークホルダーから支持される立派な「経営理念」を明文化する、浸透させるための仕組みを作るといったことは、もちろん大切です。しかし、それ以前に絶対的に守らなければいけないことがあります。それは、経営者自身が「経営理念」を実践することです。これができていなければ、どんなに恭しく「経営理念」を額縁に掲げていても、どんなに良いことが書かれていても、従業員が一言一句間違わずに覚えていても、すべてが水泡と帰してしまいます。

「経営理念」には崇高な言葉が用いられることが多く、すべてにおいてそれらを実践することは、むしろ苦しい思いをすることもあるでしょう。人は誰でも聖人君主になりきれない弱さを持っています。だからこそ、常に重大な判断を求められる経営者が、困難や迷いに遭遇したときに「経営理念」に則った道を選択していくこと、そして自らが謙虚にして奢らず、日々の言動を省みながら率先して「経営理念」を実践する努力をしていくことが何よりも大切なのです。

すべての思考、すべての言動について経営者がブレずに「経営理念」を実践することは、「経営理念」に説得力が生まれ、従業員の心からの共感につながるはずです。そして、従業員をはじめとするステークホルダーからの信頼を得、結果として力強い企業、力強いブランドを築くことができるのです。

経営者は、自らが実践者としてその背中を見せること。これに勝る浸透の方法はありません。「理性に基づいた最も重要な考え方」に基づき、日々、人として心を高めることこそ、「目的の達成に向け、原理原則に則り、一途に持続的な事業を行う」強い組織を創るのではないでしょうか。

人材サービス企業における「経営理念」の意義

最後に、「経営理念」が人材サービスにとってどのような意義があるのかということに触れて本稿を終えたいと思います。筆者は、「経営理念」とその実践は、いかなる企業、官公庁にとっても、あるいは利益を生まない何らかの組織、団体にとっても非常に重要なものだと思っています。しかし、その中でも特に人材サービスを営む企業にとっては、「経営理念」は重要な位置づけにあると考えています。

人材サービス企業の「経営理念」を見ると、その多くが何らかの形で「人」または「働く(ニンベンに動く)」ことが含まれています。これは、この業界が「人」を大切にしようという意識の表れであり、人が働くことを尊いものとして捉えている証しです。これほど「人」について「経営理念」に掲げられている業界は他にありません。

人材サービス企業にとって本来「人」に対する貢献こそが、「理性に基づいた最も重要な考え方」であるはずです。しかし、実際はどうでしょう。人材サービス業界を揺るがす不正、不祥事、事件、事故は、ほとんどが「人」をないがしろにしたもの、または「人」の利益よりも自らの利益を優先したものではないでしょうか。考え方がマイナスに作用した結果です。一部の事業者であっても、そのようなことがあれば業界全体に社会からの不信感を呼ぶことは当然です。

人びとが働きがいや生きがいを得られるよう支援することこそが人材サービス業界にとっての存在意義であるとするならば、すべての人材サービス企業が「人」の文字が入った各社の崇高な「経営理念」を実践することが求められているのではないでしょうか。

2016年3月

人材サービス総合研究所

水川浩之

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