昨日、8月24日の日本経済新聞に「雇用改革の「牛歩」大物集めて処方箋探る」という記事が掲載されました。内容はすでに以下の拙ブログでも採り上げたものですが、この記事では「長年続く“脱牛歩”への道は容易でない。」としています。

では、なぜ雇用改革が遅々として進まず「牛歩」となるのでしょう。その理由について具体的に考えてみます。

国会議事堂筆者の考えるところ、この日経の記事にあるような「研究会・検討会」→「労働政策審議会」→「国会」というステップを踏むこと自体はそれほど悪いことではないのではないかと思っています。

例えば筆者は、労働者派遣法改正を巡る「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」→「職業安定分科会労働力需給制度部会」での議論のほとんどを傍聴しましたが、有識者によって一定程度まで的を絞り、さらに公労使の三者構成によって議論を深めるという手順は、ある意味では効率的なはずです。「研究会・検討会」と「労働政策審議会」が同じテーマについて違うメンバーが議論することも、こなれ具合として悪くないのではないでしょうか。

どこに問題があるかと言うと人選と進め方です。

まず、有識者による「研究会・検討会」ですが、ほとんどの場合が大学の先生方で構成されます。

労働経済や労働法の学者の先生方の間での議論になるのですが、たしかに理屈の上では「仰る通り」と思うことは多いものの、実際にビジネスの場になると「そう簡単に理屈どおりにはならないでしょう」という議論が延々と続くような印象です。

専門家が的を絞ることはよいとして、有識者と言ってももう少し現場のビジネス寄りの視点や当事者の視点をもった人を加える方がよいのではないでしょうか。

また、雇用問題は経済とも表裏一体の関係にあるので、経済、産業、経営の専門家などを加えることを考えてもよいと思います。

 

議論の進め方についてはどうでしょう。「まったりしている」という表現が適切です。

最近で言えば、「透明かつ公正な労働紛争解決システム等の在り方に関する検討会」。これはどう考えても結論を出さないことを目的に運営されているとしか思えないフシもあり、メンバーの先生からもどのようにまとめるのかと質問が出るぐらいの牛歩ぶりです。

解雇規制という内容が内容だけに躊躇するのは分かるのですが、OECDから「正規雇用と非正規雇用の従業員を解雇する際の法律・慣習上の厳しさの差」が非正規から正規への転換を阻害していると因果関係を示されていることを是とするならば、「どうしたらその差を縮められるか」という議論をしなければ話が進まないことは目に見えています。

 

つぎに労働政策審議会ですが、既定どおり三者構成にはなっていますが、必ずしも本当の意味での当事者が入っていない。むしろ、利害関係が対立する委員が当事者の代表(代理)となっているということが挙げられます。

また、労使双方の発言が労使それぞれの利害のためのものばかりで、もう一段上の視点での議論に昇華されないというのも不毛な議論の元になっているように思います。

本当の意味で当事者となる労働者の保護になることは何か、経済を活性化するためにはどうしたらよいのか、この国のためにはどうあるべきかという視点に欠ける議論が多々見受けられます。「世のため人のため」の議論の手前で議論が終始することも多いのです。

才覚も必要ですがそれ以上に、自らの利害を犠牲にしても国のために正しい選択をする高い志をもった人材を選出することが必要です。

本来は、三者構成により労使だけでなく公の視点が入ることが求められているはずですが、労政審の段階になると有識者による公の発言が激減することが多くあるように思います。

さらに日程、進行、内容ともに事務局に先導されているため、ある意味で事務局の思惑で進めることができてしまうということも「牛歩」のもとになっているように見受けられることもあります。傍聴人やメディア用に台本があるのではないかと思えるようなこともあります。もっと自由な議論ができるように配慮することが必要でしょう。

現在、官邸主導で進められている「働き方改革」にしても、議論の発端は規制改革会議によるものが多く、厚生労働省はほとんど受け身です。規制改革会議から指摘されてから重い腰を上げるという流れでは、担当している事務局の主体性も欠落するのではないでしょうか。誰もが同じようにやらされ仕事には力が入りません。主管官庁である厚生労働省が主体的にモノを考えられる環境をつくることが必要ではないでしょうか。

 

最後に「国会」での議論ですが、「研究会・検討会」、「労働政策審議会」と比較して、まず国会議員の専門性が低すぎます。それこそ国のためにモノを考えるべき国会議員が、本質を見極めずに発言する。これでは「研究会・検討会」、「労働政策審議会」で専門家がある程度まで精査したものをぶち壊すことになってしまいます。2015年の労働者派遣法の附帯決議はよい例でしょう。

また、党利党略のために法案を政争の具とし、「A法案が気に入らないからB法案もとおさない」、「A法案をとおす代わりにB法案は譲る」というような取引の材料にしていることです。

三権分立に従えば、法案は国会で成立させるしかありません。国会議員には高い志をもって是々非々で議論をして欲しいものです。

 

「牛歩」になる理由を考えてみると概ねその解決策が浮かび上がってきますね。

  • 志が高い人選をする
  • 目的を明確にする
  • 現場の当事者が携わる
  • 主体的に考える
  • 開かれた議論をする

こうしてみると企業経営の要諦とまったく変わらないように思いますがいかがでしょう。

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雇用改革の「牛歩」 大物集めて処方箋探る

「脱時間給」制度や不当解雇の金銭解決といった雇用改革がなかなか前に進まない。そんななか、塩崎恭久厚生労働相が新たな有識者会議を立ち上げ、労働政策の立案から実現に至るプロセスを見直す議論を始めた。「牛歩」と揶揄(やゆ)されてきた厚労省の審議会などのスピードアップが実現すれば、政権が掲げる働き方改革の追い風にもなる。ただ、スピード化を阻む壁を取り払うのは至難の業だ。

新しい有識者会議のメンバーには経団連副会長の中西宏明日立製作所会長や古賀伸明前連合会長、大田弘子元経済財政相らが名を連ねる。厚労相の肝煎りだけあって、厚労省の通常の審議会より一回り「大物」を集めた。

■議論開始から法案成立まで「3ラウンド」

塩崎厚労相は新設した有識者会議に各界の大物を集めた
塩崎厚労相は新設した有識者会議に各界の大物を集めたーンテーマは、改革メニューを法律に反映する作業を担う「労働政策審議会」の刷新だ。まずは「いろいろな働き方をする人たちの声を反映させる」(塩崎厚労相)ため、委員の人選見直しに着手する。

現在の労政審は労使各10人と学者などの公益委員10人の計30人構成だが、連合傘下の正社員中心の組合代表者や大企業の幹部が労使の大半を占める。このため、非正規労働者や高齢者の意見を代弁できる人なども入れて、多様な働き方に対応できるようにする方針だ。

ここまでが有識者会議の表向きのミッションだが、その要綱にはひっそりと「機動的な政策決定を行うことが不可欠だ」と記されている。これこそがもう一つの重要テーマである政策決定のスピードアップだ。

厚労省内の議論は時間や手間がかかることから、長年にわたり、政府の内外から「牛歩」と皮肉られてきた。特に、法改正が伴う重要な労働政策の場合、議論のスタートから関連法案の成立までは「3ラウンド」要するといわれる。「研究会・検討会」→「労政審」→「国会」というステップだ。

2017年から始まる介護休業の分割取得や介護の際の残業免除などの新ルールの場合、議論は14年11月にスタートした。有識者による研究会が論点を整理し、8カ月かけて報告書を作成。次に労政審の下にある雇用均等分科会が3カ月かけて、法案づくりに向けた建議をまとめた。国会審議を経てようやく法案が成立したのは16年3月末。施行はさらに先の17年1月となる。

比較的スムーズに進んだこのケースでも、議論開始から施行までは2年2カ月を要した。労使が対立するテーマでは一段と時間がかかる。裁判で不当と判断された解雇の金銭解決制度の場合、15年10月に検討会が立ち上がったが、議論は膠着して、まだ「第1ラウンド」から抜け出せていない。

■国会・厚労委の見直しも必要
一つの事を決めるのに数年もかけていては時代の変化に対応できないという声は強い。「官邸主導」に軸足を置く竹中平蔵東洋大教授は、かつて産業競争力会議で「労政審を通さないといけないなら、議論は全く前に進まない」と嘆いたことがある。今回の有識者会議の委員の1人も、連合が民進党の支持団体であることを念頭に「労使と与野党が何度も同じケンカをする仕組みだ。労政審が必要かどうかを含めプロセスの合理化が必要」と改革に意欲を見せる。

ただ、厚労省内の交通整理が済めば、それで牛歩から脱せるというわけではない。

時間でなく成果に賃金を払う「脱時間給」制度。国内の経済界から期待が強い同制度の議論は、実は第1ラウンドを省略し、官邸主導で編んだ「日本再興戦略」を労政審が受ける形で議論をスタートさせた。

約9カ月で法案提出にこぎ着けたが、それから約1年半たっても成立していない。労働者派遣法などの他の労働関係法案に審議時間をとられたのに加え、参院選前に野党の強い抵抗を避けたいという与党の思惑も重なった。重要法案を複数抱える国会の厚生労働委員会の見直しも同時に進めなければ、雇用改革のスピードアップは約束されない。

もっとも、足元の厚労省の官僚の間でも「研究会で議論の粗ごなしをして、労政審で本格議論する。それぞれの会議体には意味がある」など、議論プロセスの見直しに懐疑的な声が強い。塩崎厚労相の周辺からは「中途半端な改革案にはしない」との声も漏れるが、長年続く“脱牛歩”への道は容易でない。

(日本経済新聞 2016/8/23 3:30 中島裕介)