本日11月4日の東京新聞で「派遣労働者の立場は弱いまま 改正法施行から1年も進まぬ支援」という記事がありましたが、何を以て「段階的、体系的な教育訓練」というのか、そもそも一定の認識がなく、したがって、何を以て「改正法の定めすら徹底されていない」というのか、これは非常に疑問に思うところです。
■ 国会、附帯決議の不意打ち
キャリア形成支援は、労働者派遣法の平成27年改正法の国会決議で、「段階的、かつ体系的な教育訓練」を「年に8時間、有給無償で」、さらにその「交通費も支給」と突発的に附帯決議に盛り込まれたものです。
それ以前の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」でも「労働政策審議会労働力需給制度部会」でも、このようなことは盛り込まれておらず、国会での感情的な議論で迷走状態に入ったといってよいと言えるでしょう。
附帯決議には、以下のように記載されています。
「派遣元事業主が、個々の派遣労働者について適切なキャリアアップ計画を当該派遣労働者との相談に基づいて策定し、派遣労働者の意向に沿った実効性ある教育訓練等が実施されること、また、キャリアアップの成果は賃金表に反映することが望ましいことを周知すること」
■ 附帯決議を満たすための法制度
実際には「当該派遣労働者との相談に基づいて策定」と言っても、何をもってキャリア形成に資するのかは誰もわかりません。恐らく本人もわからないのではないでしょうか。
仮に当該派遣労働者がキャリア形成のために何かを希望したとしても、必ずしもそれがキャリアアップに役立つという保証もないのです。
キャリア形成理論には「計画された偶発性」というものがあるぐらいですから、次のキャリア形成に役立つものは、現状の仕事をしているうちに身につくと考えた方が自然なような気もします。
曖昧な附帯決議がそのままに、これが制度化されていること自体が、実効性のないあらぬ誤解を生むものとなっていると言えるのではないでしょうか。
■ 有給無償の8時間の教育訓練は本当に必要なのか
「労働者派遣事業関係業務取扱要領」の第3、P.56の許可要件を見て頂ければよくわかると思いますが、正直なところ個人的にはこの許可要件にあるキャリア形成支援でなぜ実効性が担保されるのか、はなはだ疑問です。
年に8時間の教育訓練を有給無償で提供ということになっていますが、8時間というと、全労働時間の何分の一でしょう。労働時間が、週40時間、月160時間、年1,920時間あったとして、8時間はわずか0.4%でしかありません。
「無いよりマシ」とも言えないような時間です。半数の派遣労働者は自ら進んで派遣労働という雇用形態を選択しており、とりたててキャリアアップを求めているわけではない人も多くいるのが実情です。
実際にはいわゆる正社員であってもまともに教育訓練を受けることなく働き続けているケースの方が圧倒的に多いのではないでしょうか。
教育訓練として仕事が身につくのは、多くの場合、OJTによるものが多いことは、実感として働く人びとにとって共通の認識ではないかと思います。
業務取扱要領も年に8時間でキャリア形成ができると考えているとしか思えず、附帯決議を満たすことが目的になっていると思えてなりません。
■ 毒にも薬にもならない教育訓練
OJTも計画的に行う教育訓練として含めていても差し支えないとのことなので、むしろ、就業条件明示書に示されている業務内容から、キャリア形成に役立つものは何かと考え、派遣労働者本人の意識付けも含め、これをもって「段階的、かつ体系的な教育訓練」とすることの方が、よほど本人のためと思います。
私は、教育訓練が不要だと言っているわけではありません。もちろん、それを求める人には行った方がよいし、むしろ事業者の経営戦略としては積極的に行っていく必要があるとは思っていますが、これを法律で規定してしまうことに違和感を覚えています。
法治国家である以上、法に定められたことは何とかしなければならないということになるのでしょうが、このような毒にも薬にもならないような法律が生産性を低めているのだと思います。
何を以て「段階的、体系的な教育訓練」というのか、誰に対して行うのかの議論をもっと深めるべきではないでしょうか。
派遣労働者の立場は弱いまま 改正法施行から1年も進まぬ支援
2016年11月4日 07時01分 派遣労働者の支援策が進んでいない。昨年九月末に改正労働者派遣法が施行され一年余り。企業がどんな業務でも人を代えれば従来の三年を超え派遣労働者を使えるようにする一方、業者に教育訓練を義務付けるなど労働者支援策も課したが、支援策は遅れている。働き方改革を掲げる政府は「同一労働同一賃金」として非正規労働者の待遇改善をうたうが、現状では改正法の定めすら徹底されていない。(中沢佳子) 「教育訓練の話は会社からない。会社に聞くと『あなたは法改正前から働いているので対象外』と言われた」。介護施設で派遣労働者として働く東京都福生市の男性(57)は言う。 訓練は無料で年間八時間以上行い、その間の給料も支払われる。法改正で三年で雇い止めになる人が出る心配もあり、不安定な派遣労働者の就職を助ける狙い。実際は全員が対象だが、ルールを知らない業者も多い。厚生労働省が二~四月に千百十二事業所に行った調査でも「実施した」のは36%だけ。政府が実施期限を定めず、ルールもあいまいなことが背景にある。 派遣業界は中小企業も多く、「訓練費捻出が難しい」との回答も四割に。日本人材派遣協会も「充実した訓練には多額の予算がかかり、大手でないと自力では難しい」と指摘。協会は会員企業向けに有料でインターネットを通じた教育サービスを四月から始めたが、受講者はまだ二万人。派遣労働者は九月時点で百四十三万人と三年前から二十四万人増えているが、業界の対応は遅れている。 政府は法改正に際し通勤手当で派遣社員を不合理に差別しないよう指針に明記した。だがリクルートホールディングス、パソナグループ、テンプホールディングスの大手三社に取材したところ、いずれも自社の正社員には支給しているが、あっせんする派遣労働者には払っていないと回答した。三社は「正社員は会社都合の転勤があり、勤務地が選べない。責任の重さも派遣と違う」と弁明する。通勤費は人材情報会社エン・ジャパンの調査(昨年)で六割の派遣労働者が「払われない」と答えており、不支給慣行は続いている。 本給と別に支給された通勤手当は所得税が非課税。だが、自腹で払う派遣労働者はこの恩恵もない。埼玉県の女性(43)は「都内の職場まで月二万円かかり月収の一割。私たちは二重に差別されている」と言う。 長く同じ職場で働く労働者について、直接雇用を企業側に依頼する義務も実際に依頼した業者は34%。 支援策が進まない状況に和光大学の竹信三恵子教授は「派遣会社がよりスムーズに営業できる政策が続いている。期限を設定し、対応しない業者は公表するなど労働者を守る政策を進めるべきだ」と指摘している。 ◆仕事続けられるか心配 「法改正後、派遣元から教育の情報は知らされてないし、交通費も出ません。この制度は人身売買のようでどこかおかしい」。本紙読者部にも改正法の運用実態についての指摘が寄せられている。 坂口秋子さん(43)=仮名=はバブル崩壊後の一九九六年に大学を卒業。就職が決まらず、派遣社員などで働いてきた。八年前からは都内の大手コンピューター会社で派遣社員としてデータ集計などを担当する。時給はほぼ千六百円で上がらない。手取り月二十万円余でボーナスも退職金もない。「通勤費が出ていないと派遣先の職場の正社員に話すと驚かれた」という。 年末でいまの派遣先企業との契約が切れる。「更新は所属部署の予算次第。来年も仕事を続けられるか心配です」。更新できても改正法で数年後はこの部署では働けなくなる可能性が高い。「できるならいまの職場で社員になりたい。でも派遣が正社員になったのを見たことがないし、どんな教育が必要なのか分からない。結局、人件費を削るために私たちがいる。法律で正社員化の義務付けでもしない限り企業は動かない」 (上田融) <改正労働者派遣法> 2015年9月30日施行。どんな業務でも派遣労働者が同じ職場で働けるのは原則3年。企業が期限を越え派遣に任す場合は別の人を受け入れるルール。3年で雇い止めになる人が出てくる心配があるため、派遣業者に教育訓練義務などを課した。派遣会社は全て許可制で、許可取り消しも可能。 (東京新聞) |
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