こんにちは。人材サービス総合研究所の水川浩之です。
梅雨も明け、毎日暑いですね。それでも日陰で風が通れば、すがすがしい気分です。
■ 公正取引委員会の「人材と競争政策に関する検討会」
一昨日、7月19日付の時事通信の報道によれば、公正取引委員会が「人材と競争政策に関する検討会」を開催するとのこと。
この記事の見出しでは、「人材市場、独禁法適用も=公取委、8月に研究会」とあります。
私は、「公正取引委員会が適正な人身売買を促進するために独占禁止法を適用するのか?」 …と目を疑い、さっそく大元の公正取引委員会のプレスリリース「(平成29年7月12日)「人材と競争政策に関する検討会」の開催について」を確認してみました。
内容をよく読むと、むしろ極めて真っ当で、その主旨は以下のとおりです。
就労形態を問わず,国民が自由に就労し,働きがいを得るとともに,その労働の価値を適切に踏まえた正当な報酬を受け,また,他方で,使用者が有為な人材を適切に獲得することができるためには,使用者による人材獲得競争が適切に行われることが重要 |
この検討会に参加される委員も錚々たる方々で、ぜひとも有意義な議論を展開してもらいたいものだと思います。
■ 公正取引委員長が「人材市場」と発言?
そもそも、なぜこのような誤解が生じたかというと、時事通信によって「公正取引委員会の杉本和行委員長は19日、記者団に対し『人材市場における競争政策を考え、今後、適用していくことになるだろう』と語った。」と報じられたことにあります。
ここで引用されている杉本公正取引委員長の発言が事実だとすると、「人材と競争政策に関する検討会」の主旨を大きく歪めるものになってしまうと言わざるをえません。
「人材市場」という表現は、ILO憲章にある「労働は商品ではない」に反し、高ずれば「労働者供給事業」「人身売買」にもつながるものと考えます。
公的機関の長の発言が事実だとすれば、「人材と競争政策に関する検討会」の主旨に照らして、余りにも心ないものであり残念です。
時事通信がわざわざ「(カッコ)」をつけてコメントを引用していることを考慮すると、恐らくはこの発言自体は事実である可能性が高いと思います。
一方、メディア側の一方的な記述だとするならば、公正取引委員会は厳重に抗議すべきではないでしょうか。
拙著「雇用が変わる 人材派遣とアウトソーシング ─ 外部人材の戦略的マネジメント」でも冒頭に述べましたが、言葉に言霊が宿ると言います。
決して言葉尻だけを捉えて断じるわけではありませんが、責任ある立場の方には責任のある発言を求めたいと思います。
■ もともと無理がある無期雇用
現在、労働契約法の無期転換、労働者派遣法の雇用安定措置をめぐり、2018年問題として無期雇用のあり方について課題となっています。
人材サービス事業者にとって、自社の内勤社員よりも多い派遣社員を全員無期転換させることは現実的にも考えづらいものがあります。
雇用安定措置で定められた4項目、これをすべて履行した場合、すべての事業者は倒産という憂き目にあうのではないでしょうか。
- 派遣先への直接雇用の依頼…すべての派遣先が応じてくれるものではないはずです。直接雇用に至ることの方が少ないはずです。
- 新たな派遣先の提供…本来の生業ですから、これに該当するケースが一番多いことが望ましいのでしょうけど、職種、業種、地域によっては非常に厳しいことも現実です。また、仮にリーマンショックのような景気後退があったとしたら、一気に行き詰ります。
- 派遣元での無期雇用…ただでさえ利益率の低い事業で余剰人員を抱えること自体が即自滅を意味します。
- その他安定した雇用の継続を図るための措置…次の派遣先が見つかるまですべての派遣社員に休業補償を続けることはできません。
常識的に考えると、どこかの段階で「無期転換ルールを避けること以外の目的」で、何らかの対処をする必要があるということになります。
雇用安定措置とは角度が違いますが無期雇用派遣が一つの選択肢ということになるのでしょう。
■ 人材サービス業界における独禁法への考慮
そのような中、人材サービス業界の一部では、「2.新たな派遣先の提供」に対応するために、複数の事業者が一種の組合や互助会のようなものを作って、派遣社員を3年ごとに他の派遣先に配置転換するような動きもあるようなことも耳にします。
一見、よいアイデアのようにも思われるのですが、実際に運用が始まると、個社の思惑が噴出し、仲たがいに発展するようなことも考えられるのではないでしょうか。
必ずしも仲良しクラブが上手く機能しないということは目に見えています。
事業者間で揉めるだけならまだ自爆気味のこととして扱えるのですが、この運用が間違った解釈で進められると今回の「人材と競争政策に関する検討会」で議論される以下のような行為に発展しないとも限りません。
複数又は単独の使用者による引き抜きの防止,賃金の抑制に関する協定の締結,転職・転籍や取引先の制限といった競争を制限する可能性のある行為 |
そもそもの法律に無理があるから、さらに泥沼化していくという側面もあるのではないかと思います。
独禁法の観点からも、そもそもの法律の矛盾を突いてほしいものです。
人材市場、独禁法適用も=公取委、8月に研究会
時事通信(2017/07/19-18:39) 公正取引委員会の杉本和行委員長は19日、記者団に対し「人材市場における競争政策を考え、今後、適用していくことになるだろう」と語った。芸能、プロスポーツ、ITといった分野で活動する専門性の高い人材が、企業などに不当に囲い込まれることのないよう独占禁止法の適用も含め労働環境を整備する意向を強調した。 公取委は8月4日に研究会を開き、プロの人材に関する独禁法の対応などで議論を始める。研究会には厚生労働省、スポーツ庁などもオブザーバー参加する。月1回のペースで議論を重ね、年度内に報告書をまとめる。 |
(平成29年7月12日)「人材と競争政策に関する検討会」の開催について
公正取引委員会プレスリリース 2012.07.12. 競争政策研究センターは,人材と競争政策に関する検討を行うため,以下のとおり,関係の有識者からなる「人材と競争政策に関する検討会」を開催する。 1 背景 終身雇用の変化やインターネット上で企業と人材のマッチングが容易になったことなどを背景として,フリーランスや副業など就労形態が多様化し,雇用契約以外の契約形態が増加している。技能人材など一部職種については,需給が逼迫しているとの指摘がある(注1)。 (注1) 例えば,2016年度に行われた調査によれば,IT企業の20.3%がIT人材が大幅に不足していると認識しており,同66.6%がIT人材がやや不足していると認識している(「IT人材白書2017」独立行政法人情報処理推進機構)。 就労形態を問わず,国民が自由に就労し,働きがいを得るとともに,その労働の価値を適切に踏まえた正当な報酬を受け,また,他方で,使用者が有為な人材を適切に獲得することができるためには,使用者による人材獲得競争が適切に行われることが重要となる可能性がある。 (参考) 米国では,IT人材について一部企業間での労働者の引き抜き防止協定についての競争法上の事件を背景に(注2),そのような協定の締結など一定の行為が反トラスト法に違反する旨のガイドラインが昨秋,公表された(司法省等)。 (注2) Adobe Systems Inc.らに対する件(司法省の提訴を受け,2011年3月17日連邦地裁判決),eBay Inc.らに対する件(司法省の提訴を受け,2014年9月2日連邦地裁判決) 2 「人材と競争政策に関する検討会」の設置 就労形態を巡る上記の環境変化を踏まえ,使用者の人材獲得競争等に関する独占禁止法の適用関係(適用の必要性,妥当性)を理論的に整理するため,「人材と競争政策に関する検討会」を設置する。 検討会においては,主として,複数又は単独の使用者による引き抜きの防止,賃金の抑制に関する協定の締結,転職・転籍や取引先の制限といった競争を制限する可能性のある行為に関して,内外の実態・判例(注3)(注4),労働関係法制における規律の状況,一般的な財とは異なる人材の獲得競争の特殊性,当事者の自治の状況,使用者による人材投資を促進する必要性等を踏まえつつ,独占禁止法や競争政策上の課題を理論的に整理する。 なお,特定の業種・職種固有の事項や個別の取引慣行の評価は検討対象としない。 (注3) 米国及びEUでは,人的特殊性を有する技能人材であるスポーツ選手の移籍(サッカー,アメリカンフットボール等)に関して,競争法の観点からも取り扱った判例等が複数存在する。 (注4) 我が国においても,「松竹株式会社ほか5名に対する件」(昭和38年3月20日不問決定。参考参照)があるほか,高度な技能を要する一部の職種について,独立・移籍を制限する慣行が存在するとの指摘がある。 3 今後の予定 検討会は,別紙に掲げる有識者により構成する。また,文部科学省(スポーツ庁),厚生労働省及び経済産業省がオブザーバーとして参加する。 なお,庶務は,公正取引委員会事務総局(経済取引局経済調査室)において処理する。
人材と競争政策に関する検討会委員名簿
(オブザーバー)
[五十音順,敬称略,役職は平成29年7月12日現在] 参考 松竹株式会社ほか5名に対する件 (昭和38年3月20日不問決定) 松竹株式会社,東宝株式会社,大映株式会社,東映株式会社,株式会社新東宝および日活株式会社の6社(以下「6社」という。)は,いずれも映画の製作,配給および興行を営む者である。6社のうち日活株式会社を除く5社は,昭和28年9月,5社以外の映画製作業者が5社と雇傭または出演契約をした芸術家または技術家を出演させて製作した映画を5社の系統上映館に配給しない旨の条項を含む協定を行ったが,昭和32年7月18日,この協定にさらに日活株式会社が参加して前記5社の協定と同趣旨の協定を締結した。この協定にもとづき,6社は,独立映画株式会社が東映株式会社と雇傭契約をしていた芸術家を出演させて製作した映画を,同年7月下旬,6社の系統館に配給することを拒否した。 以上の事実によれば,6社は,それぞれ,6社以外の製作業者が6社と契約している芸術家または技術家を使用して製作した映画を,不当に6社の系統館に配給しないことにしているものであって,法第19条(一般指定の1該当)に違反する疑いがあった。 しかしながら,株式会社新東宝がこの協定から脱退したのを機として,5社は,昭和38年2月11日,前記協定中違反の疑いのある条項を削除し,その後このような行為を繰り返しておらず,違反被疑行為は消滅したと認められたので,本件は不問に付した。 (出典:公正取引委員会年次報告(昭和37年度),124頁) |
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