こんにちは。人材サービス総合研究所の水川浩之です。
台風5号が上陸しています。台風の進路にあたる地域の皆さまはくれぐれもお気をつけください。
■ 人材サービス業界で話題騒然
先週末のことですが、8月7日(土)の日本経済新聞朝刊に「従業員転籍、元の職場派遣 リンクトブレイン 同額給与、部門ごと」という記事が掲載されました。
私は、土曜日の朝ということもありノンビリしていたところ、facebookで人材サービス業界の知人から「ん⁈」と疑問符つきの投稿があり、この記事のことを知りました。
読んでみると確かに「ん⁈」です。数回、繰り返して読みました。その間、facebook上ではあっという間に議論百出。
要約すると、企業が社員を人材派遣会社に転籍させ、その派遣会社は転籍した社員を元の企業に派遣するというものです。待遇は保障するというもののようです。
■ 甘い話には訳がある
「同意を取ることが前提」となっているので、まず「転籍」についてはかろうじてセーフということを言いたいのでしょうか。
そうは言っても整理解雇の四要件、①人員整理の必要性 、②解雇回避努力義務の履行、③被解雇者選定の合理性、④手続の妥当性を考慮した場合、ここでは「同意を取ることが前提」と言っても手続の妥当性だけをクリアしているだけで、それ以外については実に曖昧です。
一歩間違えると、解雇権の濫用になりかねません。かなり危ない橋を渡ることになるのではないでしょうか。
また、待遇を保障するとしても、元々の就業規定と転籍後の就業規定が同一でなければ不利益変更となる可能性が高くなります。
企業側にとっては都合のよい話かも知れませんが、労働者側にとってはよい話とは思えないようなことになります。
■ 特定行為ではないのか
記事の言葉をそのまま引用すると「派遣社員として元の職場に送り込むサービス」となっています。
転籍した派遣労働者の同意があれば、派遣元の判断による適切なマッチングとして、元の企業に派遣するということなのだと思います。
しかし、前段の「顧客企業の従業員を部門やプロジェクト単位で転籍させ」をそのまま受け止めると、転籍した段階で元の企業に派遣することが決まっていることになります。
「派遣社員を募集して探す手間が省ける利点がある」とも書かれているので、これは企業による派遣社員の特定行為に当り、明らかに違法です。
■「離職後1年以内の労働者派遣の禁止」に抵触?
転籍後に元の企業に派遣というのは、平成24年改正法で定められた「離職後1年以内の労働者派遣の禁止」には当たらないのでしょうか。
「離職」ではなく「転籍」だからよいという理屈なのかも知れません。
ただ、平成24年法改正時の労働政策審議会の議論をほとんど傍聴していた私から見ると、仮にこれが転籍であっても「離職後1年以内の労働者派遣の禁止」の法の趣旨を免れるためのもののようにしか見えません。
これをきれいにクリアしようとするならば、転籍後1年経過してから派遣を開始ということになりますが、あまり現実的ではないのではないでしょうか。
かなり疑わしい状況になるように思います。
■ 資本関係がなくても中身は「専ら派遣」
この記事の場合、元の企業と派遣会社の間に資本関係はないことを前提としているように見受けられますが、内容としては特定の1社または複数の会社に派遣先を限定する「専ら派遣」に近いように思います。
つまり、資本関係のない「グループ企業内派遣の8割規制」の立法趣旨である「特定の企業の労働力の供給源」に抵触するのではないかということです。
字面だけを見れば、たしかに資本関係はないのですが、転籍後の労働者を専ら特定の1社または複数の会社に派遣することを前提としているので、これもかなり問題ではないでしょうか。
■ 重要なことは立法趣旨
私自身は、旧民主党政権下で制定された「離職後1年以内の労働者派遣の禁止」にしても「グループ企業内派遣の8割規制」にしても安易な法律であり、この存在そのものには反対の立場ですが、現時点では違法は違法です。
しかし「離職後1年以内の労働者派遣の禁止」や「グループ企業内派遣の8割規制」が制定された立法趣旨には理解できる部分もあり、それが労働者保護に反するものであれば、やはりそこに歯止めは必要だと思います。
法治国家である限り法律を守ることは必須です。使用者の権利の濫用は許されるものではないと思います。
■ 脇が甘いプレスリリース
さて、この記事の真偽ですが、記事の内容だけを見れば限りなく黒に近い真っクロな新サービスです。
日経の記者の聞き間違いなのか、当事者の伝え方の間違いなのかどちらなのでしょう。
私自身が前職で広報の仕事をしていたこともあり、この手の記事が掲載された場合は基本的に当事者のプレスリリースまで遡ることにしていますが、ここでの当事者となる人材派遣会社のプレスリリースによれば以下とのことです。
企業広報のリリースとしては極めて脇が甘いとしか言いようがありません。突っ込みどころが満載です。
そもそも、HPの代表者メッセージでは「人が全て」としながらも、「創業4年半となり、いままでの人材供給数は累計2,000人月」のように、「労働者供給」を行っていると書かれています。
8月5日の一部報道について
昨日、当社にて従業員を転籍させて派遣する旨のサービスに関して、日経新聞による報道がありましたが、当社の発表に基づくものではありません。 なお、報道されている「日本版PEO」の可能性について、働き方の多様性の観点から検討中であることは事実ですが、法的問題や従業員への倫理的配慮の問題など、議論を行っている段階であり、サービス開始には至っておりません。 今後とも人材を扱う会社として社会的責任を持ち、クリエイターの皆様に適切な成長の機会を提供できるよう、事業を行っていく予定です。 |
■ フェークニュースの可能性?
「当社の発表に基づくものではありません」とありますが、では誰の発表、またはリークなのでしょうか。なぜ、このような記事が掲載されたのでしょうか。
プレスリリースだけを読むと日経新聞が捏造したということになります。さすがにフェークニュースということもないように思います。この記事では誰の得にもなりません。
それとも、同社以外の誰かが勝手にこの内容を伝えたということでしょうか。記者も情報の出所ぐらいは確認するでしょうから、それも考えにくいものがあります。
昨今メディアの劣化もあるので新聞がすべて正しいとは言い切れないものがありますが、それにしてもすべてが間違いということもないように思います。
火のないところに煙は立たないとするならば、何もないのに記事だけが独り歩きすることはないはずです。
■ 気になる弁護士の存在
記事を書いた記者に法的な知識があれば、日経新聞が違法の片棒を担ぐことになるのでこの記事は書けません。逆に知識に乏しいとするならば、むしろ聞いた通りのことしか書けません。
さらに、この記事では、弁護士までがこの新サービスについて肯定的です。労働者派遣法に詳しい法律事務所であれば、この記事の内容のようなことを肯定するはずがありません。
HPを見るとかなり立派な弁護士事務所のようです。弁護士の名前も実名で出ているので憶測記事とも言い難いように思います。
そもそもこの当事者と弁護士の間に関係はあるのでしょうか、ないのでしょうか。
■ 必要不可欠なリスクマネジメント
本来、この手の記事は発信元のリリースに基づいて記者が取材し、それが記事となって掲載されるというのが一般的です。
しかし、このリリースは記事が掲載されてからの打ち消しです。後付けのリリースのような気がしないでもありません。
ますます謎が深まるばかりですが、事業者の企業経営の観点から、リスクマネジメントは非常に重要ということは言えるのではないでしょうか。
従業員転籍、元の職場派遣 リンクトブレイン 同額給与、部門ごと
日本経済新聞 2017年8月7日(月)朝刊 [企業1面] 人材派遣のリンクトブレイン(東京・千代田)は顧客企業の従業員を部門やプロジェクト単位で転籍させ、派遣社員として元の職場に送り込むサービスを始める。 従業員には転籍前と同額の給与を保証する。 利用企業は人件費を変動費にできるほか、派遣人材の質に悩まされなくなる。 事業再編のペースが速いIT(情報技術)業界やゲーム業界での利用を見込む。 正社員や契約社員、アルバイトの同意を取ることが前提で、1社につき最大100人規模の転籍を想定。 従業員は派遣社員として従来通りの仕事内容、給与で働く。 リンクトブレインは派遣社員を募集して探す手間が省ける利点があるため、派遣料金内のマージンは通常の派遣サービスよりも10~15%安くできる見込みという。 派遣社員はリンクトブレインが加入する関東ITソフトウェア健康保険組合を利用でき、一定の要件を満たせば、厚生年金の受給資格も得る。 人材会社が人事管理や教育を受託する米国のPEO(共同雇用)制度を参考にした。 米国のPEOは日本の職業安定法に抵触する可能性がある。しかし「労働者派遣の仕組みを使えば職業安定法の『労働者供給事業の禁止』を離れて日本でもPEOと似た人材サービスが可能」(アンダーソン・毛利・友常法律事務所の上田潤一弁護士)という。 日本版PEOの導入では、リンクトブレインは顧客企業と最短で12カ月間の契約を結ぶ。 契約期間の終了後、顧客が契約更新を断れば、リンクトブレインは派遣社員を別の企業に送り込む。 ITやゲーム業界は事業の入れ替えが速く、突然の事業撤退で従業員が職を失うこともある。 働き手はこうしたリスクを回避しやすくなる。 2016年の雇用者のうち、非正規雇用は全体の4割に迫る。 非正規を正社員化する企業が増えているが、逆に一つの勤め先に縛られるのを嫌がるなどの理由で正社員よりも派遣を選ぶ人もいるなど働き方は多様化している。 |
ここまで書いたところで、真っクロに日焼けした業界著名人(内輪ネタでスミマセン)からのリクエストに応えて労働政策研修研究機構の濱崎圭一郎先生のブログが…。
ここでは私は、企業広報、リスクマネジメントといった企業経営の視点も含めて書いてみました(笑)。
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