こんにちは。人材サービス総合研究所の水川浩之です。
9月に入りすっかり涼しくなりました。このまま秋に突入なのでしょうか。
■ 客観視された人材サービス
さて、今日は9月3日にBLOGOSに掲載された「人材派遣業の今後」という記事を採り上げてみたいと思います。
この記事を書いた方は、ビジネスモデルアナリストとのことですが、内容が興味深かったのでよく読んでみました。
業界以外の方によってこのような記事を書かれるというのも、ある意味で人材サービス業界の発展を物語るのかなとも思います。
客観的には人材サービス業界のビジネスモデルはこのように映るのかというのが面白いところです。
恐らく、世間一般的にはこのように映ることもあるのかと思いますが、何事も第三者による客観視というものは大切ですね。
■ 非正規雇用のすべてが派遣ではない
まず、非正規雇用が全労働者の40%を占めというところはよいとしても、そのすべてが人材派遣であるというミスリード。
これはよくある間違いというか、記事によっては意図的にそのような表現をしていることもあるようですが、今回は記事全体の内容から察するにここではそのような意図はないように思います。
たぶん、それ以上にブレークダウンした数字を持ち合わせていなかったかもしれませんが、人材派遣に携わる皆さんなら当然知っているように、全労働者に対する人材派遣の比率は2%程度にすぎません。念のため…。
■ 倒産件数の増加
この記事では帝国データバンクのデータを参照して、通年で70件程度が倒産すると見込まれています。
たしかに倒産件数は増加傾向にあるのだろうとは思いますが、全事業者数は昨年時点で66,000件ほど。毎年100件倒産したとしても60,000件になるまでには60年かかることになります。
もっとも、旧特定派遣事業者の業務廃止の件数も膨大にあるため、この記事にあるようにもっと早いペースで淘汰はされるのだろうとは思いますが、いずれにしてもこれがAmazonのように寡占化が進むかというとこれは少し疑問が残ります。
「大手への集約」とありますが、人材派遣サービスは必ずしも大手に集約されるだけで淘汰されるものではないのではないでしょうか。
■ イメージとは異なり、経営環境は厳しい
利益率については、人件費、社会保険料、福利厚生費、広告宣伝費、教育研修費、通信交通費などが「固定費」として認識されており、正しい見方をしてもらっていると思います。
パソナ社が1.6%と記載されていますが、人材派遣サービスだけを抽出すると概ねこの程度の利益率と捉えるのが妥当でしょう。
ただ、「回転率」が事業体の運命を左右するとのことですが、回転率が高くなると募集広告費の負担が増加します。面談や教育研修も頻度が高くなるためコストがかさむ要因になると考えてよいのではないでしょうか。
一般的に変動費を圧縮するためには一定程度、派遣スタッフの定着率を高めることが必要であり、それにより利益率を高めるということが必要になるように思います。
昨今の法制度の建てつけを考慮すると財務上は三年経過後に派遣先の直接雇用に転換し、人材紹介の手数料収入を得るということは、ビジネスモデルとしても効率がよいと思われます。もちろん派遣スタッフの意向に沿うことは言うまでもありません。
■ 中小事業者が勝ち進むためには
一般的な経済原則と同様に考えるのであれば、大手と専門特化した中小の二極分化が進むと考える方が自然です。
マイケルポーターの競争戦略を前提とするならば、持続可能性を高めるためには大手はコストリーダーシップ、中小は徹底して集中化と差別化を図ることが必要になります。
そうであれば、中小が勝ち進むためには、地域や職種、業種のような切り口で集中化と差別化を図ることが絶対条件になります。
これを突き詰めるとその市場は大手には手出しできないものとなります。
いずれにしても、体力のない事業者は淘汰されるということは間違いないでしょう。この記事のとおりだと思います。
少なくとも受注さえ獲っていれば存続できた時代は終わったということでしょう。
■「中古書籍のリサイクルビジネス」と似てる?
類似するビジネスモデルとして「中古書籍のリサイクルビジネス」と挙げられていますが、これはかなり違和感があります。
「人=商品という表現には抵抗を感じる」と良識は示されていますが、対価を得る対象は「人」だと定義されています。
ここは、人材サービス業界でもいまだに誤った理解をしている人も多いのだと思いますが、対価を得る対象は「人」ではなく「サービス」です。
ここの誤解を解かない限り次に進めません。
なるほど中古書籍は加工ができません。しかし、サービスは可変です。
「人」に対していかに希望する地域、職種、業種を紹介し、その成長の後押しをするか、生活の安定をもたらすかがサービスであり、企業に対してはいかに求められる業務に見合った能力、あるいはその業務を遂行するのに相応しい「人」を紹介できるか。
これがサービスの核であり、このサービスの質が高まれば利益率を上げることができるものです。差別化戦略、集中化戦略はまさにここに勝機があります。
■「リピート性」は必須
労働者派遣法を初めとする法規制が複雑すぎるため、この記事にあるような「リピート性」を絶対的なものとすることができないのは指摘のとおりです。
本来は、サービス業である以上、労働者保護の観点以外の規制は可能な限り排除し、競争の原理を持ち込んだ方がサービスレベルが上がるということが、恐らく厚生労働省も含めて理解されていないフシがあります。
現時点では、法規制があっても、その範囲内で可能なかぎり継続的、断続的に派遣できる状況を創ることが必要ですが、そのためには派遣スタッフへのサービスの向上は欠かせません。
派遣スタッフには選択肢は数えきれないほどあるのですから、競争力の源泉として派遣スタッフへのサービスの向上は必須と言えるでしょう。
■ 本当に「非ローカルビジネス」?
この記事では、人材派遣は「非ローカルビジネス」とされていますが、これもかなり違和感があります。
外資の人材サービス企業の経験から言うと、むしろローカルビジネスそのものではないでしょうか。
各国の法制度にはかなり違いがあり、どこの国に行っても同じようにビジネスができるわけではありません。
海外展開をしたとしても、郷に入れば郷に従ったビジネスをしなければならず、商品としてモノを売ることとは大きく異なります。
ましてや、ほとんどの場合「人」は国境を越えて働くという発想がないことが多く、特にいわゆる島国の日本では国境は厳密に存在しており、グローバルに「ポータビリティ」と言われることはほぼ無いに等しいのではないでしょうか。
海外に活路を求めるのは成長と言うよりも膨張に近いかもしれません。
■ やはり「経営力」の強化を
最後に人材サービス業界の今後についてです。
この記事にあるように「現時点で、決定づけるようなモデルや企業体の登場にまでは至っていない」という指摘は正しいように思います。
多くの場合、いかに企業からの受注を増やすか、いかに派遣スタッフの登録を増やすかによって成長してきた経緯があるため、これまで内に向かって目を向けることが少なかったのではないでしょうか。
しかし、本来の競争力はインサイドアウトによってもたらされます。
いつも言うことではありますが、いかに「真の経営力」を身につけるか、これは大手であろうと中小であろうと同じです。
一見、地味な努力のように見えるかも知れませんが、もともと利益率の低いビジネスだからこそ内に目を向けた地道な努力が大きな差を生むと言えるのではないでしょうか。
■「技術革新」も視野に
もう一つは技術革新。客観的にみると、すでにいわゆるIT化という観点で大きな差がついているにもかかわらず、必ずしもその差について理解できていないケースが多いように思います。
今後、さらにマッチング精度を上げるためのAIの導入などを考慮すると、いかに技術革新を採り入れていくかということも大きな成功要因になっていくのではないでしょうか。
「人にしかできない」というのは妄想です。マッチングの8割、9割ぐらいまではAIの方が精度が高いという日が来ると考えておいた方がよいのではないでしょうか。
恐らくこの5年~10年の間にビジネスモデルの優劣が決定的なものになっていくように思います。
ここで採り上げた記事にはありがちな人材サービス業界への誹謗中傷といった他意はないと思いますが、むしろ、振り返る機会を与えてくれたという点では、客観的にモノを見る重要性を教えてくれているのではないでしょうか。
人材派遣業の今後
BLOGOS 9月3日 酒井威津善(ビジネスモデルアナリスト) 正社員の有効求人倍率が1.0を超えた。依然軟調な消費者物価指数の動きとは対照的に、右肩上がり状態が続いている。景気全体や被雇用者の立場においては、悪い話ではない。しかし、この数字の意味にはもう1つの側面がある。全労働人口の40%を占める非正規雇用とそのビジネスへの影響である。ここでは、1950年代にアメリカで生まれ、半世紀をかけて一大市場に上り詰めた人材派遣ビジネスの今後について考えてみたい。 ■ 派遣市場の現状 一般的なイメージとして、派遣業の利益率は高いと思われがちだ。 手数料の高さに比べ、他のサービス業よりもオペレーションフローなどが少ない印象があるためだ。では、実態はどうだろうか。 帝国データバンクの発表資料と派遣業が所属する日本派遣事業者協会の資料を確認してみよう。 まず、帝国データバンクの資料によると、「労働者派遣業」の 2017 年上半期(1 月~6月)の倒産件数は 37 件となり、前年同期比12.1%の増加。 2 年連続での倒産増となった。負債総額は 37 億 8300 万円となり、前年同期比 30.3%増で、こちらも 2 年連続の増加となった。 年ベースでみると、2014 年をピークに件数、負債総額とも減少傾向が続いているなかで、2017 年は増加に転じる可能性が高い。 ちなみに、7 月の「労働者派遣業」の倒産は6 件、負債総額は 4 億 7500 万円となったことから、7 月時点での累計は、倒産件数 43 件、負債総額は 42 億 5800 万円となり、残り 5 カ月を残した時点で負債総額では前年を上回った。倒産件数についても、通年では 70 件程度が見込まれる。 引用:帝国データバンク「労働者派遣事業者の倒産動向調査(2017年上半期)」とあり、イメージとは異なり、その経営環境は厳しいようだ。 一方、日本派遣事業者協会の発表資料では、派遣社員の実稼働者総数は引き続き増加トレンドにあり、第2四半期の実稼働者総数が第1四半期を上回る結果となった。 前年同期比は16四半期連続で100%を超え、第2四半期では4月~6月の各月とも110% 程度を推移し、四半期平均でも111.0%と高い数字になっている。 引用:労働者派遣事業統計調査 2017年第2四半期(4月~6月期) 一般社団法人 日本人材派遣協会 とある。市場が拡大傾向にある一方で、事業者数が減少傾向。ここから導き出せるのはただ1点、成熟期に突入した業界によく見られるように派遣業界は「大手への集約」へと突き進んでいると言えるだろう。 ■ 派遣業の収益モデル 市場を構成する事業体の収益モデルはどうだろうか。派遣業における収益は、人材を募集し、登録した人材を派遣先に紹介し、期間中の派遣料金収入または、紹介手数料を得る。 これは大手であっても零細であっても同じで、派遣料金と紹介手数料の2つの収益ポイントしか持たない。 一方の原価・コストは、登録している派遣社員の人件費、社会保険料、福利厚生費のほか募集にかかる広告宣伝費、教育研修費や通信交通費などがかかる。 そのほとんどが「固定費」であり、「回転率」が事業体の運命を左右する。 売上から原価・コストを除いたその収益性はそれほど高くない。平均的な売上総利益率は20%程度で、大手の一角であるパソナグループの直近の数字を見ると、売上はこの5年間で増収傾向にあるにも関わらず、営業利益率はわずか1.6%に留まっている。 こうした収益モデルを背景にすると、さきほど述べた「大手への集約」の原因がより明確になってくる。 それは、近年慢性化しつつある「人材不足」による人材の獲得コスト増によって、体力差のない事業者が淘汰されていると見て誤りはないだろう。 ■ 派遣業との近い性質のビジネス 成熟期特有の「大手への集約」が進む中、今後、このビジネスはどのように進んでいくのだろうか。一般的に、同質性の高い他業種の動向がヒントになる。対比するための特性は次のような3つが考えられる。 1つは、商品の「加工の不可」だ。派遣業が取り扱うのは人である。当然、何も付け加えることはできない。人=商品という表現には抵抗を感じるが、対価を得る対象は何かと定義すれば、このように表現せざるを得ない。 2つめは、「リピート性」だ。適宜改訂される関連法規下で作り上げるベストな収益運動は、対象期間の変更などがありながらも、断続性を以って、派遣社員を様々な派遣先へと派遣していくことだろう。 3つめは、「非ローカルビジネス」であることだ。先ほど述べたパソナなど大手を中心に海外への展開が進んでいる。人を紹介するビジネスは古今東西で存在し、当然日本独自のものではない。結果、いとも簡単に国の境界線をまたいで、競争することになる。 こうした3点と近いビジネスとして浮かび上がるのが、「中古書籍のリサイクルビジネス」だ。いわゆる中古本である。 派遣業と中古書籍、一見すると何の関連性も同質性もないように思えるが、書籍は加工に制限があり、中古ビジネスではそのリピート性が成否を分ける。そして、本は日本独自のものではない。 ■ 派遣業の今後はどうなるのか 中古書籍ビジネスと比較して、派遣業の今後として少なくとも2つの流れが考えられそうだ。1つはすでに顕在化しているCtoCつまり、個人間取引である。 スマホアプリの「メルカリ」は、スマホ1つで簡単に出品でき、低コスト型のビジネスモデルよる利用者への高い還元によって、事業を拡大し、存在感を大きく伸ばした。 結果、中古書籍の雄であるブックオフは2015年以降、売上が約740億円から約810億円と拡大傾向にある一方、営業利益を11億から1.1億と大きく落としている。 こうした中間機能を通さないモデルは人材系にも登場している。間もなく上場するウォンテッドリーのようなSNSを利用したビジネスモデルだ。 中古書籍と同様に、強い需要に押され、取引のあり方を引き戻すことは難しいだろう。 そして、もう1つの流れが、大手による海外展開と体力のない企業体の淘汰が進む結果、特定企業もしくは企業群による寡占化、つまり出版業界で起きたような「アマゾン化」が進むのではないか、ということである。 現時点で、決定づけるようなモデルや企業体の登場にまでは至っていないが、今後もビジネスモデルの変遷という観点から注意深く見ていきたい。 |
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