こんにちは。人材サービス総合研究所の水川浩之です。なんだか寒いですねぇ。昨日、春に向かってなどと柄にもないことを書いたからでしょうか。

さて、今日のブログは大作です。なりゆき上、3日もかかってしまいました。非常に長いのですが大切なことなので、可能な限り最後までおつきあいください。

「正規労働者以外の労働者」?

実は、2月9日に「同一労働同一賃金」のことを書きながら、なぜかずっと頭を離れないことがあります。

「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」の資料を読み込んでいたのですが、その中に以下のような表現があったのです。

正規労働者以外の労働者通常の労働者以外の労働者正規労働者通常の労働者

しかもご丁寧に「修正部分は見え消し&太字下線」と但し書きまでしてあります。

かなり意識をして、敢えて何を修正したのかが明らかになるようにしているということです。

従来であれば、これは「いわゆる非正規労働者が正規労働者に」となっていた可能性が高いものだと思います。

それにしても、「正規労働者以外の労働者が正規労働者に」を「通常の労働者以外の労働者が通常の労働者に」というのはどういうことでしょうか。

「非正規という言葉をこの国から一掃する」

この資料は、恐らく昨年2016年5月18日に第8回「一億総活躍国民会議」が開催され、その時に「ニッポン一億総活躍プラン」の素案が示され時のものです。

この時、安倍首相は「働き方改革」を掲げ、「同一労働同一賃金の実現など非正規雇用の待遇改善」について「非正規という言葉を無くす決意で臨む」と発言しました。

その後、同じく昨年7月10日の参議院選挙直後、11日の記者会見で改めて、「働き方改革」に触れ、改めて「長時間労働の是正」「同一労働同一賃金の実現」に取り組むとしたうえで、「非正規という言葉を国内から一掃する」とさらに強い表現を用いました。

かつて、私が前職の広報宣伝を担当していた当時、上司だったアメリカ人から「法律を守って仕事しているのに『非正規=Illegal』っておかしいでしょ?」とよく言われました。

もう7年以上前のことだと思います。そのとおりなのです。

そして、安倍首相の言っていることは正しいと思います。ただ、残念ながら、どのように「非正規という言葉をこの国から一掃する」のかという議論はされていません。

「正規」をなくすしか方法はない

「同一労働同一賃金の実現に向けた検討会」で示されたこの資料の良いことは、「正規」という言葉を消したことです。たしかに「正規」がなければ「非正規」はあり得ません。

言葉としての「正規」「非正規」問題は、反対語、対義語、反義語が存在することに問題があって、「正」に対しては、どうしても「負」「誤」「邪」「悪」といったマイナスの言葉しか出てこないからなのです。

そうであれば、「正」を使わないというのが、解決策として正しいということになります。

制度上は、数年前から、限定正社員、多様な正社員と、いわゆる正規・非正規の間にある壁を低くすることが行われていますが、言葉上は、正社員という言葉が残っているどころか、むしろ増えてしまっています。

そこで出てきたのが「通常の労働者」なのだと思いますが、それにしても「通常の労働者以外の労働者」というのも違和感がありませんか?

「通常」の反対は「臨時」「非常」「異常」

「通常の労働者以外の労働者」…言いたいことはわかりますが、長くて実用的ではないですね。

実用的でないものは普及しません。普及しないということは、「非正規と言う言葉を一掃できない」ということです。

そもそも、「通常」の対義語は何でしょう?

  • 通常(決まっている)⇔ 臨時(必要に応じて)
  • 通常(普段通り)⇔ 非常(普段とは違う)
  • 通常(普段一般と同様)⇔ 異常(普段一般と異なる)

ここで通常、臨時、非常、異常を、それぞれ、〇〇社員、〇〇労働者、〇〇雇用に置き換えてみるとどうでしょう?

とりあえず、通常社員、通常労働者、通常雇用は大丈夫ですね。

臨時社員、臨時労働者、臨時雇用…「臨時」も使えそうです。ただし、「通常の労働者以外の労働者」がすべて「臨時」とは限りません。

「非常」はどうでしょう?

非常社員、非常労働者、非常雇用は、どう考えても使えません。

しかし、一見使えなさそうな「異常」はどうでしょう?

言葉としては使えてしまうのです。なんだか嫌な予感がします。

「通常の労働者以外の労働者」と言っているうちに、「異常労働者」と置き換えられると、正規・非正規よりも悪いものになってしまいます。

昨今、国会でも「正社員ゼロ法案」とか「残業代ゼロ法案」のような妙なレッテル貼りが横行しています。

「異常社員、異常労働者、異常雇用」という表現は、極端に左右に寄った方々の格好の餌食になってしまいそうです。

「ポリティカル・コレクトネス」だ!

ここまで考えたところで、政策的に言葉の使い方を改めることはできないのだろうかと思いあたりました。

調べてみたらありました! 「ポリティカル・コレクトネス」です。まさに「政策的に」というものですが、Wikiには以下のように説明されています。

ポリティカル・コレクトネス

ポリティカル・コレクトネス(英: political correctness、略称:PC)とは、政治的・社会的に公正・公平・中立的で、なおかつ差別・偏見が含まれていない言葉や用語のことで、職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻状況などに基づく差別・偏見を防ぐ目的の表現を指す。

1980年代に多民族国家アメリカ合衆国で始まった、「用語における差別・偏見を取り除くために、政治的な観点から見て正しい用語を使う」という意味で使われる言い回しである。「偏った用語を追放し、中立的な表現を使用しよう」という運動だけでなく、差別是正に関する活動全体を指すこともある。

このポリティカル・コレクトネスに挑戦するしかありません。

政策的に死語になった例はある

実は、過去にもいくつもあります。

真っ先に浮かんだのが「スチュワーデス→キャビンアテンダント・客室乗務員」です。男女雇用機会均等法以降のことですね。

これ以外にも以下のようなものがあります。

  • 看護婦→看護師
  • 障害者→障がい者 障碍者
  • 保健婦→保健師
  • 助産婦→助産師
  • 保母・保父→保育士

そう言えば、「トルコ風呂→ソープランド」というものもありました。そもそも言葉を変えるのではなく存在そのものをなくしてしまった方がよいような気もしますが…。

よくよく見ると、厚生労働省はポリティカル・コレクトネス、お得意ということですよね。

少なくとも政策的に「非正規と言う言葉を一掃する」ことは可能ということです。マスコミも引きずり込んで一大キャンペーンですね。

「非正規」は差別用語

商品やブランド、何らかの規格や資格などには「非正規」という言葉は必要かもしれませんが、こと雇用については、現在使われている用いられ方で「非正規」とすることは止めなければなりません。

「非正規社員、非正規労働者、非正規雇用」という言葉は明らかに差別的表現ではないでしょうか。

いわゆる「非正規労働者」として働いている人の中には「非正規」という言葉に心を痛めている方も多くいらっしゃるのです。

「人」に対して「非人(人に非ず)」ということはあり得ません。「穢多」「非人」はとうの昔に一掃されています。

正社員にも「非正規雇用」はある

「正規雇用」「非正規雇用」の呼称の問題については、拙著「雇用が変わる 人材派遣とアウトソーシング ─ 外部人材の戦略的マネジメント」に以下のように書きました。

法律に従って、正しい雇用が守られているならば、直接雇用か間接雇用か、無期雇用か有期雇用か、フルタイム労働かパートタイム労働かにかかわらず「正規雇用」、逆に、法律に照らして誤った雇用、特に故意に法律を侵している雇用をすべて「非正規雇用」とすれば何の問題もなくなるはずです。

現在、いわゆる正社員として雇用されているものの中にも「非正規雇用」は存在しているのです。

言葉の定義は明確ではないものの、いわゆるブラック企業での雇用は「非正規」です。

■「Regular Employment」と「Non-Regular Employment」

厚生労働省が、「通常の労働者」「通常の労働者以外の労働者」と表現したのは、恐らくアメリカの「Regular Employment」と「Non-Regular Employment」を参考にしたのではないかと思います。

ただし、「Regular」を「通常」と訳すと、前述のように反対語は「臨時」「非常」「異常」となってしまう。あるいは英語の「Non-Regular」は、結局「非正規」に戻ってしまいます。

ある意味、苦し紛れに「通常の労働者以外の労働者」としているのではないでしょうか。

そこで「Regular」の意味をみてみると以下のような訳があります。

  • 習慣的な、いつもの、常連の
  • 整然とした、左右対称の、均一な
  • 手続きに従った、原則にのっとった、正規の
  • 〔行動などが〕きちょうめんな、きちんとした、規則正しい
  • 〔出来事が〕定期的な、一定の間隔ごとの
  • 〔生理やお通じなどが〕規則正しい、正常な
  • 不変の、定まった
  • 〔職業の〕資格を持った、〔仕事が〕本職の
  • 〈話〉全くの、根っからの
  • 〈話〉良い、好ましい
  • 《植物》整正の
  • 《文》〔屈折や派生の変化が〕規則的な
  • 《数学》〔多角形や多面体が〕正の
  • 〔軍隊が〕正規の

この中で、「正規」の代わりに使えそうな意味を考えると、「いつもの」「常連の」「定まった」「規則的な」ぐらいでしょうか。突き詰めると意味合いとしては「定まった」が一番近いような気がします。

「定まっていない」社員、労働者、雇用

さらに「Regular=通常=定まった」社員、労働者、雇用に対して、「定まっていない」社員、労働者、雇用は何と言うのだろうと考えたときに、真っ先に思い浮かんだのが大学の先生でした。

私が学生時代、唯一?まじめに勉強したマーケティングの教授は、非常勤講師として私が通う大学よりも格上の大学から来られていた先生でした。

私が通う大学の教授よりも偉いような先生だったのですが、私の大学では非常勤だったのです。

非常勤というと、非常勤講師、非常勤職員、非常勤取締役、非常勤監査役、非常勤医師などのように、決して常勤に引けをとるようなイメージはありません。

Wikiでは以下のように説明されています。

【非常勤】

非常勤(ひじょうきん)とは非正規雇用の一形態。勤務形態に関する用語で、決まった(定まった)日や時間だけ勤務すること。

一般的には正社員と比較するために使われる。勤務時間などが部分的な勤務することを指すことが多い。

「常勤・非常勤」を社員、労働者、雇用に当てはめると以下のようになります。

  • 常勤社員 常勤労働者 常勤雇用
  • 非常勤社員 非常勤労働者 非常勤雇用

いずれも違和感がないように思いますがいかがでしょうか。

ヨーロッパでは「典型・非典型」

私の中では、「正規・非正規」に代わる言葉として、「常勤・非常勤」がよいと思い至った矢先、それこそ1時間も経たないうちに、いつも懇意にしてもらっているヒトラボの編集長、川上敬太郎さんからSNSに以下のような投稿がありました。

以心伝心というのでしょうか、これで、このブログをアップするのが一日延びることになりました(笑)。

【提言】日本の労働システムだけがおかしい訳ではない

日本の労働システムは特殊だと言われます。

例えば正社員という働き方です。

勤務期間も勤務場所も職務内容も無限定であることを前提とする働き方は海外にはなさそうです。

しかし、このリンク記事ではその呼び名の特殊性も指摘しています。

「筆者の知る限り、労働者(社員、職員、教員等)を正規・非正規という差別的な用語で区別する国はないと思います」

しかし実際には、海外においてもパートタイマーや派遣社員は存在します。

では、海外ではどのような呼ばれ方をされているのでしょうか。

「フランスの典型雇用(Emploi typique)と非典型雇用(Emploi atypique)、ドイツの典型雇用(Typische Beschäftigung)と非典型雇用(Atypische Beschäftigung)又は非標準的雇用(Nicht-Normalarbeitsverhältnis)、アメリカのTraditional employment (伝統的雇用)又は常用雇用(Regular Employment)と臨時雇用(Contingent employment)というのがあります」

なぜ日本だけが正規と非正規という差別的表現を用いているのか不思議です。

日本の正社員という働き方自体は否定されるべきではないと考えます。

企業の中で社員を育てるという観点からすれば、とても理にかなった働き方です。

否定されるべきは、呼び方だと考えます。

… 以降、省略 …

(ヒトラボ編集長 川上敬太郎)

◇人間に「正規・非正規」のレッテルを貼る不思議の国ニッポン

川上さんと私は、以前からほとんど同じような考えをもっていると思うのですが、この投稿の内容も本当におっしゃる通りだと思います。

ここで紹介されているDiamond Onlineの記事「人間に『正規・非正規』のレッテルを貼る不思議の国ニッポン」の記事にあるフランス、ドイツ、アメリカの例について、川上さんは、「非典型という呼び名が良い」との感想です。

私もヨーロッパでは「Typical Employment」「Atypical Employment」と言っており、「典型労働」「非典型労働」と訳していることは知っていました。

少なくとも「正規労働」「非正規労働」よりはよいと思います。

「典型労働」と「非典型労働」

「Typical」と「Atypical」、それぞれの意味は以下となります。

Typical

  • 〔種や類などの〕代表[典型]的な
  • 〔代表となるものが〕特徴をよく表す、特色を示している
  • 〔種や類の特徴に〕一致する、ぴったりの
  • 象徴[表象]する、象徴的な

Atypical

  • 代表例でない、標準に合致しない
  • 普通でない、変則的な

「Typical」は「典型的」でよさそうですが、「Atypical」はどうでしょう。

「代表例でない」「標準に合致しない」となると主流ではないわけですから、これまでの「正規」「非正規」に「正」「副」の関係性をもたせることになってしまいます。

「普通でない」の同義語は、「異常」となるので、これもまた「通常」「異常」と同じように「異常社員、異常労働者、異常雇用」になってしまいます。 

意味合いとして「変則的な」はよいのではないかと思いますが、これを〇〇社員、〇〇労働者、〇〇雇用に置き換えてみるとどうでしょう?

  • 変則社員、変則労働者、変則雇用

…これらもなんだかヘンではないですか?

ちなみに「典型・非典型」もそれぞれ〇〇社員、〇〇労働者、〇〇雇用に置き換えてみると以下のようになります。

  • 典型社員、典型労働者、典型雇用
  • 非典型社員、非典型労働者、非典型雇用

どうしても、言葉として「非典型」は「普通ではない」、つまり「異常」のイメージが強くなってしまいます。

そもそも、「非典型社員」「非典型労働者」と呼ばれるご本人はどのような印象を受けるでしょうか。私は個人的にはあまりよい印象ではありません。

世の中にわかりやすく浸透する言葉

さらに川上さんは「世の中にわかりやすく浸透する言葉が必要」とコメントしています。まったくそのとおりだと思います。私も「実用的でないものは普及しない」とコメントしました。

実用的でないという観点では、「通常の社員以外の社員」「通常の労働者以外の労働者」「通常の雇用以外の雇用」は、絶対ないと思います。

言う方もいやだし、言われる方もいやでしょう。使われません。(笑)。

したがって、「通常の労働者」「通常の労働者以外の労働者」は、あくまでも安倍首相の「非正規という言葉を無くす決意で臨む」に厚生労働省が応えた暫定的なもので、これで「一掃できるものではないということになります。

それでも首相が「無くす」と言っているのですから、無くさないわけにはいきませんよね。

消去法で考えるその他の言葉

現状では、残りはあとドイツの「Nicht-Normalarbeitsverhältnis(非標準的雇用)」、アメリカの「Traditional Employment(伝統的雇用)」と「Contingent Employment(臨時雇用)」です。

まずは、ドイツに住んでいたくせに苦手なドイツ語から。

「Nicht-Normalarbeitsverhältnis」は、英語では「Abnormal Employment」でしょうか。アブノーマルはないですよね。異常です。

「非標準的雇用」と訳されていますが、「標準的な」が「Standard」とするならば、その反対語は、「Abnormal(異常な)」「Irregular(規格外の)」「Unusual(普通ではない)」などです。

いずれも、どう日本語に置き換えても相応しいものにはなりません。

次に「Traditional Employment(伝統的雇用)」はどうでしょう。「Traditional」を「伝統的」とするならば、その反対語は「Innovative(革新的)」ですね。

  • 伝統的社員、伝統的労働者、伝統的雇用
  • 革新的社員、革新的労働者、革新的雇用

どう考えても「伝統的」「革新的」という切り分けではないでしょう。

最後に「Contingent Employment(臨時雇用)」です。

労働者派遣であれば「Temporary(一時的・臨時的)」となります。

しかし、いわゆる「非正規」は、パートタイマー、アルバイトだけでなく契約社員、準社員、嘱託もありますから、「臨時雇用」だけに絞るわけにはいきません。

そもそも、ここでは「Contingent」が「臨時」と訳されていますが、一般的には以下のような意味です。

  • 〔~に〕付随する
  • 条件付きの
  • 偶然の、偶発の、偶発的な
  • 不測の、不慮の
  • 不確かな

「付随する」とした場合、付随社員、付随労働者、付随雇用は、「通常」と「付随」で「正」「副」の関係になってしまいます。

また、「条件付きの」とした場合は、条件社員、条件労働者、条件雇用となり、言葉として明らかにおかしいものになってしまいます。

結局、これらはすべて消去されてしまいました。

決勝は「常勤」「非常勤」と「典型」「非典型」

これまでで残っている「常勤」「非常勤」と「典型」「非典型」をもう一度、みてみましょう。

  • 常勤社員 常勤労働者 常勤雇用
  • 非常勤社員 非常勤労働者 非常勤雇用

> 言葉の響きとして違和感はないと思います。

> 特に「非常勤」はこれまでも使い慣れた言葉です。

> 上下関係を表すものではないと思います。

>「正」「副」を表すこともありません。

  • 典型社員、典型労働者、典型雇用 
  • 非典型社員、非典型労働者、非典型雇用

> 言葉の響きとしてやや違和感があります。

> 恐らく「非典型」と言われる人にとっては有難いものではないと思います。

> 上下関係を表す可能性が高いと思います。

>「正」「副」を表す可能性も高いと思います。

改定が必要となる言葉の定義

ここまでで見てみると、やはり「常勤」「非常勤」は結構いい線いっていると思うのですがいかがでしょう?あくまでも候補としてです。

ただし、ここで川上さんの鋭い指摘がありました。

「『非常勤』というのは、『毎日は来ない人』というイメージがあるが、実際はどのような定義なのか」ということです。

そうなのです。おっしゃるとおりです。

恐らく川上さんは、毎日来る契約社員や派遣社員などはどうするのかと心配されたのだと思います。

では、「常勤」とは何でしょう。Wikiによれば以下のようにあります。

常勤

常勤(じょうきん)は、フルタイム(fulltime)ともいい、事業所の所定労働時間を通じて勤務する労働形態のこと。これに対し、所定労働時間のうち一部を勤務する形態を非常勤、パートタイムという。

一般には、正規雇用者(正社員・正職員)がこれに該当することが多い。

しかし、「非常勤」で例に挙げた非常勤取締役、非常勤監査役に対して、常勤の取締役、監査役はどうでしょうか。

「常勤」=「フルタイム」か

常勤の取締役、監査役は経営者です。労働基準法上の規定は適用されません。つまりフルタイムであるかどうかは関係ありません。労働者よりも長く仕事をすることもあるし、午後だけ出社して帰る、あるいは週に一度だけ出社するということもあります。

経営者ばかりではありません。裁量労働制が適用される管理監督者も同様です。勤務時間に拘束されないのです。

したがって、「常勤」は必ずしも「毎日来るフルタイムの人」ばかりではないということになります。

また、「残業代ゼロ法案」とも揶揄されていますが、時間ではなく成果で評価される労働時間制度としてホワイトカラーエグゼンプション「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」が国会で審議中です。

この法案が成立すると管理監督者以外にも「毎日来るフルタイムの人」ではない人がますます増えるケースが出てくるのです。

むしろ「常勤」=「フルタイム」という定義は、これまで以上に実態に合わないものになっていくことになるのです。

「常勤」の「常」は、「通常」の「常」

もう一つ、違う角度から「常勤」を考えてみましょう。

「常勤」をさらに分解して「常」と「勤」とするとどうでしょう。「常勤」の「常」は、「通常」の「常」と一緒です。

「常」の意味を調べると以下とのことです。

  • いつも同じで変わりがない。ひごろ。いつも。つね。つねに。
  • あたりまえ。普通。一般と違っていない。

では「通常」はどうでしょう。

  • 特別でなく、普通の状態であること。世間一般にみられる状態であること。

「通常」と「普通」は類義語とされ、ほぼほぼ、同じような意味合いです。

したがって、「常勤」は「通常の勤務の労働者」、「非常勤」は「通常の勤務の労働者以外の労働者」と解釈することができるのではないでしょうか。

これで冒頭の「正規労働者以外の労働者通常の労働者以外の労働者正規労働者通常の労働者」に話が戻ってきました。

「常勤の労働者」と「非常勤の労働者」は、「通常の労働者」と「通常の労働者以外の労働者」にそのまま該当するということです。

改めて、定義の明確化が必要

そもそも、法制上に「正社員」という定義はありません。

便宜上の整理として、無期雇用、フルタイム労働、直接雇用の三つの条件がそろったものが、正規雇用として雇用形態の整理がされています。

昨今、政策的に進められている限定正社員、多様な正社員という雇用形態も増えています。

ベースとなる考え方として、雇用形態は、無期雇用か有期雇用か、フルタイム労働かパートタイム労働か、直接雇用か間接雇用かの掛け合わせで決まります。

この三つの切り口を用いて、Wikiの定義を例として、「常勤」「非常勤」を再定義してみます。

ここでは理解のしやすさを考慮し、敢えて「非常勤」「常勤」の順で記します。

「非常勤」の再定義

【改定前】

非常勤(ひじょうきん)とは非正規雇用の一形態。勤務形態に関する用語で、決まった(定まった)日や時間だけ勤務すること。

一般的には正社員と比較するために使われる。勤務時間などが部分的な勤務することを指すことが多い。

【改定後】

非常勤(ひじょうきん)とは、従来、非正規雇用と称されていた一形態。勤務形態に関する用語で、決まった(定められた)条件で勤務すること。

一般的には従来、正社員と称されていた常勤(じょうきん)と比較するために使われる。雇用形態が、有期雇用(契約社員・準社員・嘱託)、パートタイム労働(パートタイマー・アルバイト)、間接雇用(派遣社員)を指すことが多い。

「常勤」の再定義

【改定前】

常勤(じょうきん)は、フルタイム(fulltime)ともいい、事業所の所定労働時間を通じて勤務する労働形態のこと。これに対し、所定労働時間のうち一部を勤務する形態を非常勤、パートタイムという。

一般には、正規雇用者(正社員・正職員)がこれに該当することが多い。

【改定後】

常勤(じょうきん)とは、従来、正規雇用と称されていた一形態。勤務形態に関する用語で、無期雇用、フルタイム労働、直接雇用で勤務すること。

一般的には従来、非正規労働者と称されていた非常勤(じょうきん)と比較するために使われる。雇用形態が、無期雇用、フルタイム労働、直接雇用を指すことが多い。

無期雇用を前提としながら、地域、業務、日時などを限定した常勤の限定社員、常勤の多様な社員と言われる雇用形態も含む。

いかがでしょうか。「常勤」「非常勤」を再定義することで、実態に合った言葉になるのではないでしょうか。

勝てば官軍「大江戸線」

そこで「ポリティカル・コレクトネス」です。

安倍首相は、「非正規という言葉をこの国から一掃する」と掲げました。

恐らく、「非正規」という言葉を利用してネガティブキャンペーンを張る人以外は、「非正規という言葉を一掃する」ことに反対する人はいないのではないでしょうか。

差別や偏見を取り除くために、断固として、政治的な観点から正しい用語を使わなければなりません。

都営地下鉄の「大江戸線」は、当初「東京環状線」(愛称「ゆめもぐら」)という名称がつく予定だったそうです。

これに対して、石原慎太郎元都知事は「何回まわっても同じ所に戻ってくるのを環状線と言う」「紛らわしくて山手線や大阪環状線を使っている人に迷惑」との理由で再選考を指示。

最も多かった名称は「都庁線」だったにもかかわらず、「俺は『大江戸線』がいいと思う」と押し切ったという話があります。

しかも、本来、新宿などは江戸の範囲の外にあたるという議論があったものを再定義して「大江戸線」としたのです。

「東京環状線」(愛称「ゆめもぐら」)の名称は、差別や偏見を生じさせるものではありませんが、事実として「環状になっていない」「紛らわしい」ということには一理あります。

石原慎太郎元都知事には賛否両論ありますが、このような局面では強烈な押しの強さがあり、中途半端さがない分だけ浸透しやすいとも言えるのではないでしょうか。

もっとも、「大江戸線」の名称も、当初は「え!」「変なの」「ダサい」という反応も多かったように思いますが、今となってはむしろ好意的に受け止められているように感じます。

たかが呼称の話ではない

やっと、このブログもここで区切りかと思ったら、ブログをアップする日がさらに一日延びることになりました。

ここまで書いた翌日に届いた労働新聞に「『非正規』呼称一掃めざせ」という社説が掲載されているのです。念ずれば通ずということでしょうか。

経団連が「非正規労働者」の呼称を改めるべきであると提言しているとのこと。

労働新聞も「正規に対する非正規と大括りにするのではなく、非正規もその一人ひとりが様ざまな個性を有する労働者であることを忘れてはならない」と主張しています。

まったく、そのとおりです。

私にとっては、前述のように7年以上も前にアメリカ人の上司から「法律を守って仕事しているのに『非正規=Illegal』はおかしい」と聞いてから積年の問題意識です。

タイミングとしては、同一労働同一賃金の推進をトリガーとすることが最も自然ではないでしょうか。このタイミングを逃すと次が見当たりません。

言葉は言霊

拙著「雇用が変わる 人材派遣とアウトソーシング ─ 外部人材の戦略的マネジメント」の冒頭に「言葉は言霊」というトピックを書きました。

内容は「人材会社」「人材業界」の表現は適切ではなく、「人材サービス会社」「人材サービス業界」とすべきというものですが、名称は非常に大切です。

また、前述のように文中にも「正規雇用」「非正規雇用」の呼称のことも書きました。

言葉には言霊が宿るのです。たかが呼称の話ではありません。実際に「非正規雇用」は、差別や偏見を生んでいるのです。

「非常勤」の待遇についての考え方

少しだけ名称から話が外れますが、「非常勤」の待遇についての考え方についても触れておきたいと思います。

一般的に特急料金は高い、べっぴんさん(別注品)は高い、専門性があるものは高いというのは、ある意味当然のことだと思います。

商品であれば保管コストや流通コスト、在庫リスクは価格に転嫁されます。

それが、雇用のこととなると真逆の状態が生じてしまうのはなぜでしょう。

特に労働者派遣は、派遣先企業のニーズに応じて、一定の経験、知識、技術をもとに雇用が成り立つことが多い職務型の雇用です。

一定の期間、決められた時間で、求められる業務をするための労働者がさっと来てさっと仕事する。

これは価値のあることなのではないのでしょうか。

その価値に見合っている報酬が設定されているかどうかが重要です。

また、待機時間はリスクです。リスクへの保障は補わなければなりません。

本来、常勤であれば得られる便益が受けられないのであれば、その補填も必要です。

非常勤だから安くて済むということは理に叶わないということを前提とした意識改革も併せて行う必要があるのでしょうか。

「常勤」「非常勤」に該当する契約形態

最後に「常勤」「非常勤」に該当する契約形態について整理をします。

これは、図を見て頂ければ一目瞭然です。「非正規」もなければ「正規」もありません。

「常勤」は無期雇用、「非常勤」は有期雇用と整理できます。

「正社員」という言葉も使わず、「常勤」は「社員」と「限定社員」に分類されます。

契約社員・準社員・嘱託は、常用雇用(おおむね一年以上の雇用が見込まれるもの)で主に労働契約法に該当、パートタイマー・アルバイトは、パートタイム労働法に該当、派遣社員は労働者派遣法に該当するものです。

現行の労働契約法では、「非常勤」で5年を経過すると、希望すれば「常勤」に転換されます。無期転換です。

さらに、間接雇用となる派遣社員は、3年の雇用安定措置(派遣先企業の「常勤」、他の派遣先企業の紹介など)が適用されます。

全体的に雇用が安定するしくみになっていると言えるのではないでしょうか。

まとめ

〇「非正規」という言葉を一掃するためには「正規」をなくさなければならない。

〇 実用的でない言葉は普及しない。わかりやすく浸透する言葉が必要である。

ポリティカル・コレクトネスとして英断が必要である。

「正規・非正規」に代わる表現の一つとして「常勤・非常勤」を候補とする。

〇「常勤・非常勤」を用いる場合、言葉の再定義が必要となる。

ほとんど本を書くぐらいの勢いで書いてしまいました。ブログでは、本を書くほど文章を推敲をしていないので、この内容はさらにきちんと整理をしたうえで、レポートとしてまとめたいと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。できれば、感想もお聞かせいただけると幸いです。

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雇用が変わる

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