安倍総理昨日11月29日に第4回働き方改革実現会議が開催されたことはすでに報じられていますが、まず、同会議での安倍首相のコメントを要約すると以下のようになります。

実際にはこのコメントで済むような話ではなく、半歩だけでも踏み出したことに意義があると捉えるべきでしょうか。

働き方改革実現会議 安倍首相コメント要旨

「同一労働同一賃金は、賃金はもちろん、福利厚生や教育、研修の機会等の処遇全般についても目を向けていく必要がある。

正規と非正規の賃金差は、特に、大企業において顕著であり、是正する必要がある。

次回は、正規と非正規で賃金差がある場合に、どのような差が非合理的で、どのような差は問題とならないか、実例を含んだ政府のガイドライン案を提示していただきたい。

その上で、その根拠となる法改正の在り方についても、議論いただきたい。

ガイドラインについては、関係者の意見や改正法案についての国会審議を踏まえて、最終的に確定していきたい。」

「企業内に限定」の同一労働同一賃金?

安倍首相のコメントは、概ね、これまで言われてきた「合理的理由のない待遇格差の禁止」の範囲内です。

ただ、首相の発言として「大企業において顕著であり、是正する必要」という認識は新たなもののように思いますが、一般論として大企業の方が賃金水準が高いということでしょうか。

11月25日に「『同一賃金』企業内に限定 政府方針、企業間格差は容認」という、ややリーク気味の記事が日経新聞から報じられたことにつながっているのかもしれません。

この記事では、「企業間で賃金の格差が生じるのは認める」「同一賃金の対象を同じ企業内に限定することにした」としていますが、これは「認めざるをえない」「限定せざるをえない」というのが実情でしょうけど同一労働同一賃金実現の途は遠いですね

ガラパゴス化する「同一労働同一賃金」?

働き方改革実現会議の当日の資料にざっと目を通すかぎり、ことさら安倍首相の言う大企業での格差を採り上げたものはありません。

しかし、「企業間で賃金の格差が生じるのは認める」ということをひっくり返すと、いずれにしても「企業内に限定」という方向性は方針として間違いないということなのでしょう。

企業内労働組合から発達した制度の成り行きということなのだろうと思いますが、世の中の「仕事」がいわゆる縦割りから横割りに変わってきている中で、さらにここで「企業内に限定」という縛りをかけてしまうことは、本来の同一労働同一賃金の趣旨と乖離していくような気がします。

職務型の欧米と職能型の日本の成り立ちの違いはわかりますが、「企業内に限定」というのは日本流の同一労働同一賃金を進もうとしているように見えます。

窮屈な縛りをかけてしまうと、むしろ矛盾が生じるようになると思えてなりません。欧米をそのまま真似られるものではないと思いますが、もうひと捻りほしいところです。

人材派遣に「企業内に限定」は疑問

特にこれらの議論を労働者派遣に照らしたとき、「企業内に限定」ということは本当に適切なのかという疑問があります。

人材派遣の場合、多くは職務(ジョブ)によって派遣することが多いと思います。

営業担当者が企業から受注を受ける際、スキルで人材を求められることが多いでしょう。「〇〇な人を求む」というよりも「〇〇ができる人を求む」ということが一般的です。新卒採用と比較すると明らかに要件が異なります。

また、多くの事業者は企業規模の大小もさることながら、業種や職務の切り口で得手不得手があることが多いように思います。大手事業者の場合も、例えば、金融、医療、ITなど業種、職種で組織を分けることが一般的です。

つまり、人材派遣は最初から職務で成り立っている数少ない雇用形態とも言えるのです。欧米で発達した人材派遣の歴史を見れば明らかに成り立ちが違うことは明らかでしょう。

派遣先企業による賃金格差の助長

ここに「企業内に限定」された「合理的理由のない待遇格差の禁止」を持ち込むとどうなってしまうのでしょうか。

同様の仕事をしているにも関わらず、派遣先が変わることで同一の賃金が得られないことになってしまいます。

企業内での待遇格差の是正と引き換えに、同一職種での非合理の待遇格差が生まれてしまわないでしょうか。

たまたま派遣先が賃金水準の高い企業であればラッキー、そうでなければ同じ職務能力があっても賃金が減ってしまうという不合理が生まれます。

企業城下町のような地域は特にそのような弊害が多く出るように思います。例えば、賃金レベルの高いA社に派遣していた派遣社員を3年間の期間制限により賃金レベルの低いB社に派遣せざるをえなくなった場合はどのように説明したらよいのでしょうか。

仮に大企業の方が賃金レベルが高いとするならば、あれこれと多くのことに対応することが多い中小企業で働く方が賃金が低くなってしまう可能性が高くなるのではないでしょうか。

派遣元事業者による賃金格差の助長

一方、派遣元事業者の取引先となる派遣先企業によって賃金レベルが変わってしまう。総じてみると大手派遣元は大企業との取り引きが多く、中小派遣元は中小企業との取り引きが多いと言えると思いますが、「企業内に限定」することは派遣元の違いによる格差を生むことにならないでしょうか。

派遣労働者の立場からすると、同じ仕事をするならば少しでも賃金が高い方がよいと考えることは当然でしょうから、大手派遣元の方が人材の募集が容易になり、中小派遣元は苦慮するということが生じます。

ここでも、同様の仕事をしているにも関わらず、派遣元が変わることで同一の賃金が得られないということが起ってしまうのではないでしょうか。

説明ができない合理的な理由

今後、企業は「合理的な理由」についての説明責任が生じることになると思われますが、派遣元事業者にも当然、雇用主としての説明責任が生じます。

しかし、ここで述べたように、もともと職務給の色合いが強い労働者派遣の場合、「企業内に限定」して「合理的理由のない待遇格差の禁止」をしてしまうと、むしろ不合理な待遇格差を生むことが起り、派遣元事業者は「合理的な説明」ができないことになってしまいます。

労働者派遣だけを見てみると、派遣先企業が変わっても同様の職務との「合理的理由のない待遇格差の禁止」も視野に入れなければ収まりがつかないように思います。

「企業内に限定」してというのが派遣元事業者内での均衡も加味するということであれば、ある程度のレンジに収斂されるのではないでしょうか。

働き方改革実現会議「連合」の整理に納得感

11月29日の働き方改革実現会議で10人の会議員から示された資料の中では、連合から示されたものが整理としては比較的、納得感があるものであるように思います。

とかく、労働者派遣は労労対立として連合からはアゲインストな立場に置かれることが多いのですが、この同一労働同一賃金についての「基本的な考え方」を見る限りは、わかりやすいように思います。

もしかすると意図するところが違うのかもしれませんが、文字面から見る限り現実味があるように思います。

○めざすべき原則は、同一企業内において、「均等」(同じにすること)と、「均衡」(バランスを図ること)の両者を含めた雇用形態間の均等待遇で、その対象は処遇全般。

○雇用形態間の合理的理由のない格差の禁止について、「同じ仕事であれば同じ賃金を支払うべき」と狭義に解すべきではない。なぜなら、①「仕事」が完全に同じでなければ対象外となる懸念、②職務給でなければ同じ「賃金」にはできないという誤解、③適正な労働の対価が考慮されず低位平準化する懸念といった弊害があるためである。

〇「同じような仕事とは何か」「同じような処遇とは何か」「不合理な差とは何か」について何らかの目安が示されることは有用だが、産業特性や賃金制度の違い、働き方の多様性などから、法令で一律に決められるものではない。職場内の実情を踏まえ、労使の交渉・協議を経て、納得性のあるものとすることが重要。

○雇用形態間の均等待遇原則の法制化は、正規雇用労働者の処遇の水準を引き下げるためのものであってはならず、処遇格差の解消を理由とする労働条件の不利益変更は認められない。

「よい例と悪い例」に注目

また、昨日11月29日付の朝日新聞の記事「正社員と非正規の待遇差、許容できる基準を政府が例示へ」によれば、ガイドラインとしてよい例、悪い例を挙げるとのことで、いくつか対象となる要素が挙げられていますが、内容を見ると一概に良し悪しを決めることは難しいものも散見され、今後、混沌とした議論になることも予想されます。

12月9日に一定のガイドラインの案が示されることになるのだろうと思いますが、ここで示される「よい例と悪い例」には注目をしておく必要がありそうです。

以前から言っているように、同一労働同一賃金は、向かう先としてはよいのですが、過去の経緯を考えると一朝一夕に成るものではないため、連合の主張のように「法令で一律に決められるものではない。職場内の実情を踏まえ、労使の交渉・協議を経て、納得性のあるものとすることが重要」と考えられ、国全体がその方向に向くような施策を打っていくことの方が現実的ではないでしょうか。

先日の拙ブログ「働き方改革「同一労働同一賃金」の推進の着地は?」でも書きましたが、このよい例、悪い例が高じると、いわゆる正規、非正規の壁が高くなり、非正規雇用者の教育訓練の度合いはむしろ低下する、または直接雇用の道を閉ざすと考えられます。

このエントリーでは深くは触れませんが、もう一つ、決定的に抜けている議論は解雇規制の整理です。現状では規制改革推進会議に下駄を預けた形になっていますが、この問題から目を逸らしている限り、同一労働同一賃金の途にも就かないというのが現実でしょう。

「同一賃金」企業内に限定 政府方針、企業間格差は容認

日本経済新聞 2016/11/25

政府は働き方改革の柱の一つである「同一労働同一賃金」の導入について、業種ごとに一律の基準を設けるのではなく、同じ企業の正社員と非正規社員の間に限って実現をめざす方針だ。

企業間で賃金の格差が生じるのは認める。年内に問題のある待遇の違いを事例で示したガイドラインをつくり、企業側に正社員と非正規社員の格差をなくすように促す。

29日に開く政府の働き方改革実現会議で打ち出す。12月にも開く次の会議で、同一労働同一賃金のガイドラインの内容を固める。

9月に発足した実現会議はこれまで賃上げやテレワーク(在宅勤務)、病気治療と仕事の両立といったテーマを議論してきた。同一労働同一賃金を取り上げるのは29日の会議が初めてとなる。

バブル崩壊後に非正規社員の比率を上げてきた日本企業は、非正規でも正社員並みの仕事をする例が増えている。

非正規社員の間では正社員と同じ仕事をしているのに、給料を正社員より低く抑えられていることへの不満が強い。政府は非正規の働く意欲を高めて深刻な人手不足を解消するには、同一労働同一賃金の実現が欠かせないとみている。

フランスやドイツでは、業種ごとに同一労働同一賃金が定められ、労使交渉も業種単位で実施する。職種や技能のレベルに応じて賃金が決まり、正社員と非正規の違いはない。日本政府は同一労働同一賃金の導入にあたって、仏独の事例を参考にしている。

日本の経済界は欧州のような業種ごとの同一賃金の導入には慎重な立場を取る。日本の労使交渉は欧州と違って企業単位で、職務内容も明確に決まっていないからだ。政府は経済界のこうした懸念を踏まえ、同一賃金の対象を同じ企業内に限定することにした。

転勤の有無や同じグループ内の違う会社で待遇に差がつくことも、ある程度は容認する方向だ。

年内に策定するガイドラインは、基本給や諸手当など賃金だけではなく、福利厚生や教育訓練といった待遇全般について行きすぎた格差の事例を示す。就業規則を変更する際に企業が参考にしやすいように「交通費は正社員と非正規社員で差があってはならない」などの具体例を記載する。

政府は正社員の待遇を引き下げて、非正規の格差を縮める動きが出ることを警戒している。あくまで非正規の待遇を底上げして同一賃金を実現するよう経済界に促す考えだ。しかし経済界の側は大幅な人件費の上昇につながるため、警戒する声も出ている。

日本では、パートタイム労働者の時間あたり賃金がフルタイム労働者の6割弱にとどまる。米国の3割に比べれば格差は小さいが、フランスの9割、ドイツの8割、英国の7割より大きく見劣りする。政府は10年かけて賃金格差を欧州並みに縮めたいと考えている。

非正規労働者の賃金が上がれば、さえない個人消費を押し上げる要因になる。正社員の賃上げと合わせて、足踏みするアベノミクスの再加速につなげる思惑もある。

正社員と非正規の待遇差、許容できる基準を政府が例示へ

朝日新聞 2016年11月29日

非正社員の待遇改善を図るための「同一労働同一賃金」の実現に向け、政府が年内にまとめるガイドライン(指針)案を巡る議論が29日、本格的に始まった。

指針案では、基本給や賞与、各種手当について、正社員と差をつけてよい例と悪い例を具体的に示す。

待遇差が合理的かどうかの基準をはっきりさせることで、企業に非正社員の待遇改善を促す狙いがある。

この日開かれた働き方改革実現会議(議長・安倍晋三首相)で、労使の代表や有識者が指針案の内容について話し合った。

政府は年内に指針案をまとめた後、指針に実効性を持たせるために関連法を改正する方針。改正法の内容は年度内にまとめる予定だ。

指針案では、経験・能力、職務の内容、勤続年数などに応じて基本給の額が決まるケースを想定。

そのうえで、たとえば「通算の勤続年数を評価して額を決める」のは差を付けてよい例、「有期雇用社員の直近の雇用契約期間だけを評価して額を決める」のは悪い例――などと示す方向だ。

賞与については、会社の業績に対する社員の貢献度に応じて払うケースを想定したうえで、差をつけてよい例と悪い例を示す方向だ。

とくに「正社員にだけ賞与を支給し、有期社員やパート社員には賞与を支給しない」ケースは悪い例として示す見通しだ。

各種手当のうち、通勤手当や食事手当、精皆勤手当などは、雇用形態の違いにかかわらず同じ額を払うべきだと明記するとみられる。

一つの企業で長く働く社員に支払うことが前提の退職金や企業年金、住宅手当、家族手当などについては、よい例・悪い例をはっきり示さない方針だ。

安倍首相はこの日の会議で、「賃金はもちろんだが、福利厚生や教育など、処遇全般について目を向けていく必要もある」と発言。

指針案では、健康診断や病気休職などに差をつけることは「悪い例」として示す方向だ。

教育機会についても、同じ仕事を担う社員なら、その仕事の能力を高める教育・訓練の機会は雇用形態によらず同じにすることを「よい例」とする見通しだ。

政府は指針の効力を高めるため、待遇差をつける根拠を労働側に説明する企業の責任について何らかの記述を盛り込みたい考えだ。

企業が労働側に説明を尽くすことで、労使双方が納得する「合理的な待遇差」だけが残る企業を増やすのが狙いだが、重い説明責任を負うことに企業側は難色を示しており、調整が続いている。(千葉卓朗、高橋健次郎)

 

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